Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
莉子はますます赤くなって小さくなる。

「嬉しいですよ、俺の味が脳にインプットされたって事でしょ。いいですね、いい感じに手懐けに成功している気がします」
「……手懐け……?」
「それに、安心しました、ちゃんとお料理できるんじゃないですか」
「え、料理……?」
「チーズケーキ、美味しかったです」
「え……あ……」

空のタッパーを返すのは失礼と思い、中に手作りのベイクドチーズケーキを入れて返した。藤堂がとても喜んで受け取ってくれたのが嬉しかった。藤堂自身はスイーツは得意ではない、コース料理を出しているのでスイーツは作らなくもないが、今は専属のパティシエを入れている。

「料理と言うほどものでは……混ぜて焼くだけですし……」

それだけにそう簡単には失敗しないし、美味しく食べられるだろうと言う思惑だ。

「でも美味しかったですよ」

本気と思える賛辞に、莉子の心は羽が生えたように軽くなる。

「よかった」

はにかんで微笑む、そんな姿に藤堂は心をときめかせた。

(こんな表情をするのか──)

少し怯えたように上目遣いで藤堂を見上げていた姿しか知らなかった。最初の出会いの印象が悪かったのだろう、翌日の会話では拒否反応を示していた、これは嫌われてしまった、どうしよう、と思ったが──正直、赤の他人にどう思われようと気にしないタチだが、目の前の女性にだけは、何故か誤解を解きたかった。

「ご自分では食べなかった?」
「いえ、食べましたよ」

藤堂に上げたのは半分だ、残りの半分は昼までに食べきっていた。

「それでお腹を鳴らすって」
「もうっ、忘れてください!」

それでも空腹は感じていた、目の前に藤堂の弁当があるのに、藤堂は渡す気配がない、ペール型の弁当にはちゃんと針金の持ち手もついている、それを持って下げられたままだ。早く欲しい、と妙にそわそわしてしまう。

「ちゃんとご飯、食べてます?」
「あー……ええ……はい」

曖昧に返事をした。昼にチーズケーキを食べただけなどと言えるはずが無い。

食事を摂らない最大の理由は、面倒、それだけだ。
作って、食べて、片付けて。一人暮らしではつい怠けてしまう。

その曖昧な返事を、藤堂は聞き逃さない。

「──上がっていいですか?」

藤堂は目を座らせたまま言った。

「え、あの、いえ……え?」

意味が判らず戸惑っている間に、藤堂は莉子を押し退けて部屋の中へ入っていた。

「え、あの、藤堂さん!?」

マンションなど、上下階は同じ間取りだ。藤堂は勝手知ったる室内を歩き、キッチンへ入った。冷蔵庫だって自分の部屋と同じところにある。

「失礼」

一言言って、返事は待たずに扉を開けた。
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