Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
自分達とは違い、なんだかんで仲がいい藤堂兄弟だ、結局尊は拓弥に甘い。
そこまで言うなら一曲なら、と約束を取り付ける。

「じゃあ、莉子。頑張ってね」
「ええ、もう、そんな簡単に……」

言いながらも、莉子は天井に視線を向けて、なにやら思案している。もう、メロディーが浮かび、詞(ことば)が溢れ始めていると判る。
そんな様子を見て、尊は嘆息しつつも止めなかった。

(──『引き摺り込め』)

莉子の才能を買っている龍一の言葉が脳裏に蘇る。

(羨ましい才能ね)

心の中の言葉は昏いが、顔は明るく微笑む。

「拓弥くんの時にも歌うね、何年後かな? あんま先だと私もさすがに歌ってないかも?」
「そんなあ、還暦とか迎えても歌ってる人もいるじゃないですかあ!」

熱狂的Caccoファンは、ここにも居た。

『歌い続けたいなら、莉子を引き摺り込め』

花村香子としてのデビューシングルの発売間もなく、龍一に言われた。

『莉子をなんとしてでも引き摺り込め。莉子は作らずにはいられない、体の中から溢れてくる物があるんだ、それを思い出せば、またいくらでも楽曲を作り出す』

デビューシングルの売り上げは当初の見込みは思いの外、早く超えた。後が続かない事は香子も龍一も予測のうちだったが、やはり残念には思う。

『お前だって判ってるだろう? 自分の実力ではここが限度だと。もう一度スポットライトを浴びたかったから、自分の地位を確固たるものにしたければ、莉子を利用しろ。今度はゴーストライターじゃない、花村莉子……ああ、藤堂になんのか、まあどっちでもいい、とにかく姉妹で業界のトップグループに入るんだ。元は一つだったんだ、嫌っても二人三脚で進めばいい。だから──』

(判ってる)

香子だって認めている。莉子の楽曲なくしては、自分はその他大勢の歌手の一人だと。

(莉子が作った歌は誰にも負けない)

そしてその歌の魅力を一番引き出せるは、自分だとも思っている。

「莉子、最高の一曲をお願いね」

香子が最高の笑顔で言う。
莉子は多少上の空のまま「うん」と答えた。


***


電子ピアノを使って主旋律を作った、一週間で出来上がった。

「……ふむ、アレンジは、ハル君と流星くんにお願いしようかな……」

溢れ来るのはメロディーだけではない、歌詞もだ。それを早く文字にしたかった。

初めて尊に出逢った日の事を思い出す。あの日の尊は怒っていた、恐怖を感じていたのに。
翌日届けられた弁当にすっかり魅了された。思えばその時はもう、莉子の心は尊に染まっていたのだろう。お弁当を心待ちにしていたが、それは言い訳で尊との逢瀬が楽しみだった。
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