Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
発表当初から話題を呼んだ楽曲だが、その謂れや歌詞の内容からCMにも起用され、ドラマのエンディングテーマにも決まっている。セールスはまもなくミリオンが目前だ。莉子が莉子の名で作ったものでは初めてのミリオンセラーとなる。

だから、と香子と龍一は焚きつけた。

やはりその才能は捨てては駄目だ、曲は作り続けようと説得を始める。家に度々来て居座る事を知った尊は、自分が居ない時に来るなと引導を渡し、莉子には店の手伝いをさせる。
すると代わりに香子は尊の店に来るようになる。客として来られては、世間体もあり邪険には追い払えない。それを知るウェイターの一人が、こっそり厨房の尊に知らせる。

「オーナー、また香子さん来ましたよ?」

言われて尊は眉間に皺を寄せて溜息を吐く。

「──オーダーは?」
「Cランチです」
「おう」

尊は難しい顔をしたまま、他のシェフに指示を出しその調理に取り掛かる。

「なあ、莉子ちゃん、頼むよ。香子の為にもさ、曲書いてよ」

龍一が座ったまま頭を下げた。

「あの、私は本当にもう……この間、橘社長もいらして頼まれたんですけど……」
「──親父が?」

途端に瞳に宿る冷たい視線に、莉子は慌てて両手を振る。

「フリーランスでいいから、曲書いてくれ、と」

つまり橘プロ専属でも香子専属でもなく、作詞作曲家としての莉子を雇いたいと言うことだろう。 龍一は目を細める。

「──断ったんだよね?」
「はい。あの、私はもう本当に曲を作るつもりは……」
「そんなこと言わないでー」

香子が莉子に枝垂れかかった。

「やっぱ莉子の歌が一番よ。私の事よく判ってるから安心して歌えるもの」
「そうかなー」
「ね、私のソロデビューの記念のアルバム用に何曲か書いてよ。この間のみたく、莉子の思うままに書いてくれていいから」
「やっぱり莉子ちゃんなんだよ」

龍一が畳み掛ける。

「香子のセカンドシングルはよそに頼んだけど、歌う香子が全然乗り気でなくてさ。そこへ莉子ちゃんの楽曲で俄然やる気出してくれたんだ。頼むよ、香子のソロデビュー祝いにさ、何曲か、作ってくれないかな?」
「お断りします」

頭上からの声は尊だ、両手にプレートを持って立っている。

「尊くーん、まだ怒ってるのか?」

龍一は下心丸見えの笑顔を貼りつけて言う。

「はい、そう簡単には収まりません」

目も合わせずにプレートをテーブルに置きながら、無愛想に答える。

「君達の曲を勝手に発売したのは謝るよ。試しに録音しようぜって言ったら、レーベルのおっさん達が売った方がいいってうるさくて」

それすら確信犯なのだが、どうせ尊には判らないと嘘を押し通す。
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