クールで一途な国王様は、純真無垢な侍女を秘蜜に愛でたおす
――寄宿舎へ帰すつもりはない。

そう言われて連れてこられたのは、ジークの私室だった。

ベッド脇にあるランプに火が灯されると、真っ暗な部屋にささやかな明かりが広がった。
初めて入るジークの部屋だったが、アンナは見渡す余裕もなくぎゅっと目を閉じた。

(もう大丈夫。落ち着くのよ、アンナ。全部、もう終わったじゃない。さっきの男の人だって助かったんだから。ジーク様に心配かけるようなことをしては駄目)

マーランダ施療院からここまでアンナはジークと会話を交わすことなく、ひたすら黙って歩いた。口を開けば身体の中に閉じ込めたはずの恐怖が飛び出してしまいそうだった。

本当はずっと怖かった。ジークの処置中、血まみれの父の残像が脳裏を掠め、振り切ろうとするアンナに何度も襲いかかってきた。

男を助けたいという強い信念で自身の中にあるトラウマに打ち勝った……つもりでいたが、精神的にはかなり押しつぶされそうになっていた。

(もう大丈夫なんだから! 思い出しちゃだめ)

咄嗟に両腕で身体を掻き抱いて、アンナの異変にジークが目を細めた。

「おい」

先ほどの光景はアンナの忌々しいトラウマを蘇らせる引き金となり、蓋を開けたように恐怖がこみあげてくる。歯の根をガチガチといわせ、全身が粟立ち、なにを話しかけるわけでもないが彼の名前を口にする。

「ジーク……さ、ま」

もう限界だった。

その場でカクンと腰が落ちかけそうになるのを素早くジークが支え、震えるアンナの身体を抱き留めた。
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