「夕暮れのノスタルジー」〜涙の落ちる速度は〜
先を行く背中に、かつてと同じように自転車を走らせる。

「待って、ミキちゃん!」

「待たないー早くしないと、赤トンボに逃げられちゃうから!」

笑い声とともに漕ぐスピードを上げて、距離が大きくあいて行く。

必死で追いつこうとしても、追いつけずに離されるばかりだった距離が、彼女がブレーキをかけて止まったことでようやく縮まった。

「……見えなくなっちゃったー」

「……またか、」

自分も自転車を止めて、

「あの時と同じだ…」

呟いた僕に、

「…あの時?」

と、彼女は問いかけた。

「いや…」と首を振って、思う。

そうか……さっき彼女は憶えていたふりをしていただけで、あの日に赤トンボを追ったことは本当には何にも憶えてなんかいなかったんだ……。

なのに僕に合わせてくれていたことに、無性に切なさが込み上げた。


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