Q. ―純真な刃―


予感は目に見える形で新道寺に知らせを持ってきた。

逃亡していた紅組の残党がひとり、またひとり、逮捕され始めたのだ。

公には警察の手柄と発表されていた。販売した銃の検挙がきっかけになり判明したこともあったようだ。が、約5年も音沙汰がなかった指名手配が突然驚異的なスピードで噛み合い出したのは、どう考えてもおかしい。




(警察の協力者? それとも僕みたいに単独行動している人がいるのか?)




敵か味方かわからない存在は、新道寺の焦りを漠然と扇動した。

そのせいか、国内最高峰の白園学園にいる間、誰かに見られている気がしてならなかった。


新道寺が注目されることは日常茶飯事だ。

飛行機墜落の唯一の生還者であることについて、ニュースでは小学生男児とだけ伝えているが、大手化粧品会社会長が捜索を続けていることは界隈では有名だった。自ずと点と点はつながり、もはや学園内はおろか町中で新道寺がその生還者であることを知らない者はいない。

事故を憐れむ視線、奇跡に魅入られた視線、あたたかく見守る視線。新道寺がどこにいても数多の視線が集まる。


しかし、新道寺が気にしている視線は、そのどれともつかないものだった。

神出鬼没で、けっして実態も感情もつかませない。まるでボスが高みで見物しているようで落ち着かなかった。


さすがにもう独りでは手に負えない。でも周りの人は巻き込めない。千間刑事に相談したこともあったが、危険な目に遭わせたくないと諭された。

作戦の変更案が思いつかないまま、中学3年に上がった。



祖父母の目を盗んで黒のパーカーで変装し、GPSを追って銃の回収しに行った。

隣町の山のふもとで停止したその信号の付近には、肌や服が茶色く汚れた痩せぎすの男が立っていた。

男は新道寺に気づくと、迷いながら銃を手に取った。射程が長いタイプのボルト式のライフル。持っただけで体の重心がガクンッと下がる。

ぶるぶると震えながら、新道寺に銃口が向いた。赤黒く塗った引き金に、爪楊枝のような指がかかる。


近づいたら撃つぞ。本気で撃つぞ。
飛び出た眼球がそう語っていた。


ヒュー……ヒュー……と隙間だらけの歯から空気が漏れ、胴体が揺らめく。

その男の背後には、犬小屋の形に積まれたダンボールがあった。




(ホームレス、か)




この場にふたり以外の気配はなかった。




「あの……その銃の持ち主を見ませんでしたか」

「し、知らねえ! 俺が拾ったんだ! 俺のもんだっ!」




拾ったということは、今見たとおり、捨てられていたのだろう。

売るのは紅組関係者にしぼっているから、間接的に逮捕に協力してもらいたいのだが。残念ながら使い勝手の悪さに放棄する事例は少なくなかった。




(取り押さえて銃を奪うのは造作もない……けど)




家がない。逃げ場もない。頼れる人を見失い、なぜ生きていられているのか自分でもわからない。地獄に焼かれるように命を削る日々。

かつての自分を見ているようだった。




(見て見ぬふり……できないよ)




見返りなく家に招くことは、できる。だが相手がそれを疑いなく受け入れるとは限らない。

新道寺自身、何も信じられないから、こうして単独行動に出ているというのに。


喉から手が出るほど欲しい餌を、無償でもらった、そのあとが怖い。

必要なのは、対等な関係だ。




(あ、そうだっ! 彼のような行き場のない人を、うまく作戦に取りこめたら……!)




利用していると思われてもいい。条件がウィンウィンになるなら。活路を見出すことができる。




「そ、その銃については、不問に付しましょう。その代わり、僕の依頼を受けていただけませんでしょうか」

「い、依頼だと……?」

「はい、依頼を達成されたら、その銃とは別に報酬をお渡しします」




依頼内容は、指名手配犯の捜索および武器商人について探っている人物の排除。

報酬は、新道寺が勉強がてら運用している株の資産から、仕事の内容に応じて配給。さらに、新道寺家の警備部隊として住み込みで働く推薦状の手配。




「……いかがですか?」

「な、なんで、俺なんかに……」




元とはいえヤクザに絡む危険な仕事だ。力の乏しいホームレスがどうこうできるとは、新道寺も思っていない。

これは交渉なようで、その実、単なる口実だった。新道寺ははじめから依頼の達成は度外視している。情報網を増やし、単独犯であることをカモフラージュすることさえできれば御の字だ。


依頼を達成しようがしまいが、協力してくれたお礼に褒賞を与える。それはお金かもしれないし家かもしれない。その人の願いにできるだけ寄り添うつもりだった。

それを正直に伝えれば、疑心暗鬼にさせてしまい、最悪の場合寝首をかく可能性も考えられる。これは金持ちの慈善活動ではなく、あくまでビジネスパートナーの契約だと認識させなければならない。


他人の信頼を探し当てる必要はない。

自分のためにがんばる理由にしてほしかった。




「僕にはやらなければいけないことがあるんです」

「……」

「そのために手を貸してくれませんか」

「……っ」




ホームレスの男は熟考の末、銃を下ろした。間合いを詰めることなくおずおずと新道寺の手を取る。交渉成立。新道寺は前金として手持ちの数万円を手渡し、身綺麗にするよう言いつけた。

新道寺はその後も仲間を増やしていった。捕まって作戦が台無しになるのを危惧し、個人的な連絡手段はあえて用意しなかった。


新道寺はホームレスの個人情報をファイリングし、いつでも報酬を渡せる準備を整えた。ホームレス側には怪しい奴がいたら銃を売るか、掲示板に書き込むかなどをして居場所を報告させるようにした。

情報源が増えたことで確認できる範囲が広がり、目撃情報も以前に比べてつかみやすくなった。



年の瀬が近づくある日。

届いた情報のひとつと武器のGPSを照らし合わせ、新道寺は現場に赴いた。




「……一足遅かったか」




そこはすでに修羅場を越えたあとだった。

かつてボスと肩を並べていたという、紅組の幹部・三銃士のひとりが仲間とともに倒れていた。

第三者の介入が目に見えてわかり、新道寺はまた焦りを募らせた。

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