Q. ―純真な刃―
こういうときの対処法は、すでに把握している。適当に話をぶった切ればいいのだ。
「つうか、汰壱たちなんでそんな下校早ぇの?」
思惑通り、思い出話のブレーキが切られ、正当なルートに戻ってくる。
「今日は終業式だったんですよ。ついにWinter vacationです!」
「あ、そっか。たしか西高も今日だったっけ」
「休み中は治安が二割増し悪くなるので、神雷としてはちょっと大変なんですが」
「また出た二割増し……」
「え?」
「いや、こっちの話」
「ミスターナルセは、このあともお仕事ですか?」
「今日はこれだけ」
「ドラマ撮影は?」
「朝イチでやってきた。明日も朝から」
「朝からですか! お疲れ様です! 朝のシーンってだいたい何時からですか? 撮影秘話とかあります? セーイチロー殿は疲れてませんでした?」
「さらっと探ってくんな」
汰壱はいたずらっぽく一笑した。
「ではボクは先にたまり場に行ってますね」
「さっさと行け」
「キミも、来ますよね?」
「まあ、うん」
「待ってますね!」
おかえり、ただいま、と挨拶するみたいに言われ、成瀬は不覚にも返事できなかった。
さっきまでカメラの前でかっこいい決め顔をつくっていたとは思えない、無防備な素顔に、チラ見していた野次馬たちは心を奪われていた。
きっかけをつくった汰壱は確信犯らしい得意顔で、その場をあとにした……つもりが、ハッとして引き返す。
「……あっ」
「?」
「サイン忘れてました! ください!」
「ほしいんかい」
差し出された透明のファイルの表に、成瀬は仕方なくサインを書いてやった。
撮影に戻ってくると、妙にあたたかな空気に包まれる。深くうなずいている人、小さく拍手している人、意味深にほほえんでいる人など様々で、卒業式の保護者席を彷彿とさせる。
いや今日は終業式だよな、と成瀬は心底ふしぎがる。
撮影が再開されると、いっそうテンション高く進められた。
カメラのレンズが前のめりに寄る。
自然体を求められる今回は、無駄にポーズをとる必要がない。ただ気楽に歩いていればいい。すまし顔で一歩ずつ行く成瀬に、利央はついていきながら、小声で話しかけた。
「ねえ、円さん」
「ん?」
「さっきの人も神雷なの?」
自然に聞かれたから、成瀬も自然に肯定する。
しかしすぐに、あれ? と眉をひそめた。
「なんで知ってんの」
神雷の名はともかく、構成員については詳しく明かされていない。唯一、公表されているのは、あの噂――女王の存在のみだ。
同業やファン、直接的な知り合いならまだしも、表の世界で活躍するモデルとは無縁なはずだ。しかも、彼は中学生。ふつうに生きていれば、知るよしもないだろう。
「え? だって、円さん、神雷入ったんでしょ?」
成瀬の眉間のしわが、さらに深くなった。
「どこ情報」
「監督がふつうに教えてくれたけど」
「は?」
「俺も地元一緒だから、そのよしみで」
「口軽いなあの人」
思わずため息をつくと、幸せが逃げちゃうよ、なんてありきたりな注意をされた。こんなことで逃げる幸せを幸せと呼びたくない。成瀬はわざとらしくもう一度ため息をついた。
「円さんって友だちいないじゃん? なのにさっきの人と楽しそうに話してたから、神雷のお仲間なのかなあって」
「勝手にぼっち認定すな。ダチくらいいるわ」
「宿代わりの人のことは、友だちとは呼ばないよ」
「……チッ」
「俺、円さんみたいなクズにはなりたくないなあ」
「クズ言うな」
「あ、ヒモか」
「ちげえし。こうやって体売って稼いでんだろうが」
「言い方最低。そういうとこだよ」
利央はかわいい顔して、ずばずば言ってくる。遠慮というものを知らない。
ドラマの現場でも、言いたいことはすべて言っていた。利央に触発され、意見交換が活発化した結果、あの日――先週の紅組残党狩り実行日、殺陣の撮影が長引き、成瀬は神雷の集まりに遅刻することになったのだが。
それはさておき、どこにいても成瀬に対しては二割増しストレートになる利央としては、成瀬に年上への敬意はまったくない反面、一後輩としては多少心配をしていた。
「最近俺んちに泊まりに来ないから、ちょっと気にしてたんだけど……よかったよ、友だちできたみたいで」
「友だち……?」
「さっきの人。ちがうの?」
カシャッ!
宙をさまよった成瀬の視線に、閃光が絡まる。
こんな会話をしているとは想像もできない、胸の高鳴る写真が更新されていく。
周りの興奮にあてられたのか、黒髪に隠れた後ろ首がわずかに紅潮していた。