Q. ―純真な刃―






日が暮れてきたころ。

たまり場に出向いた成瀬は、異様な空気を敏感に感じ取った。

いつもは心霊スポットさながらの物々しさがあり、何度来ても近づきがたいのに、今日は洋館前には人が集まっていて、繁華街にも似たにぎやかさがあった。


騒がしい渦中には、1台のパトカー。

にぎやかさと相容れない物体に、成瀬はぎょっと目をむいた。




(け、警察が来てる……? 事情聴取? 逮捕? でもなんか楽しそうだし……どゆこと)




いつもとはちがう意味で、近づきがたい。

道の傍らで様子をうかがっていると、洋館からまたひとり元気に飛び出してきた。

青みの褪せた薄暗い色に染まるオールバックの髪に、くたびれたえんじ色のジャケット。遠目からでも、すぐに勇気だとわかった。




「千間さん! お疲れっす!」




パトカーのほうに駆け寄り、いつにもまして明るい声色で挨拶をしている。

女王以外にもあんな声を出せるのかと、成瀬は内心感心する。あの場に女王の姿はないし、終業式があったからだとも思えない。もしや別人かと疑ったが、あのいかつい蛇のような顔はやはり勇気に間違いない。


勇気の視線を一心に受けるのは、パトカーの脇にたたずむ「千間さん」という長身の男性だ。

名前だけは神雷内でたびたび登場していた、準レギュラー的な存在だ。


成瀬は詳しく聞いたことはなかったが、だいたいのことはわかっていた。

たとえば、あのパトカーの持ち主である刑事であること、警察でありながら暴走族と協力体制にあること、仕事が早くて有能で、神雷のみんなにも慕われていること。そして、今日は事情聴取や逮捕のために来たわけではないということも。




「ここに来るの珍しいっすね!」

「進捗の共有がてら、ちょっとな」

「いつもはメールでやり取りしてんのに、どうしてまた」

「それは……」




不意に、千間がこちらを向いた。


深みのある茶色い髪。ビンテージ感のある背広に、厚手のコート。

鼻筋の通った顔立ちは20代の若々しさもありながら、30代の哀愁を帯びた貫禄もあり、正確な年齢を読み取ることはほぼ不可能だった。


あまり動かない表情が、成瀬を捉えた瞬間、わずかにゆるんだ気がした。

おもむろに歩み寄る千間に、成瀬も仕方なく洋館側に近づいた。




「久しぶり。まさかこんなところで会うとはな」

「……お久しぶり、です」




そう、成瀬と千間は、すでに顔見知りだ。

だから成瀬は何も聞かなかった。

千間という刑事が神雷と関わっていることについては、さすがに知らなかったものの、敵の敵は味方というし、お互い利用し合っていても何らふしぎに思わなかった。




(会うのは何年振りだろう。5年? いや、もっとか?)




出会った当初は頻繁に顔を合わせ、連絡も取っていた。千間の家に泊まったこともある。1年ほど経つと会う機会がめっきり減り、細々と続いていた連絡も、成瀬が芸能界に入ったタイミングで完全に途絶えた。どちらも元々連絡をまめにとるタイプではなかったし、仕事で忙しい日々を送っていた。

それでも千間は、ずっと忘れられず、気にかけていた。

あのころの成瀬を知っているからこそ。




「君の活躍はテレビで見ているよ。すごいじゃないか」

「そんなことないです」

「元気そうでよかった」




情報通な千間のことだ、成瀬が神雷にいることは当然把握していただろう。しかし情報で知るのと、直接会うのとでは、やはり全然ちがう。

雑誌撮影で小綺麗に整えられた成瀬の姿には、芸能人オーラとはまた別の輝きがあった。

しばらく成瀬を見つめた千間は、ふ、と瞼を垂らした。満足したようにパトカーの元に戻っていく。




「私はそろそろ失礼するよ」

「えっ、もうっすか?」




別れを惜しむ勇気に、千間は手に持っていた大きめの封筒を手渡した。中には緩衝材が詰めこまれ、表面が若干でこぼこしている。




「それを君らの女王様に渡しておいてくれ」




そう言い残し、パトカーは静かに去っていった。

千間がいなくなったとたん、さっきまでのにぎやかさが嘘のように消沈していく。

続々と洋館内に帰っていく。

成瀬もあとに続き、薔薇の庭園を通り過ぎると、勇気がそわそわと近寄ってきた。




「お前、千間さんとどういう関係?」

「……昔、家まで送ってもらったことがあるだけ」

「あー、家出か。お前もやんちゃだったんだな」




すっきりしたようにカカッと喉を鳴らし、先に中へ入っていく。

最後のひとりとなった成瀬は、濁っていく夕焼け空を眺めながら、白い息を溶かした。


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