Q. ―純真な刃―
20時過ぎ。ちかちかとネオンの踊る繁華街。
冬休みに突入したからか学生が多く、大通りは若々しい興奮で盛り上がっていた。
モラルの欠けたバカ騒ぎ、アルコールのまわった罵詈雑言、ヒップホップと排気ガスを撒き散らす改造車。
相変わらずの治安の悪さを、いっそう底辺に突き落とす侵入者が現れる。
「う、うわ……」
「あの顔の傷……ぜってえやべえよ」
「入れ墨えぐ。怖っ」
「でも……なんかかっこよくない?」
「だめだよ、目が合ったら殺されちゃうかも!」
大通りを我が物顔で進んでいく、三人の年齢不詳な男たち。
太陽がないなか、大小さまざまな古傷を隠しきれない黒いサングラスをしている。
はだけたシャツからは、ド派手な和彫りが垣間見える。
なにより、血の通っていなさそうな冷酷な風格が、ヤのつく仕事を連想させた。
彼らが近づいただけで、辺りは嘘のように静まり返り、モーセのごとく人々が避けていく。
三人のうち一歩うしろを歩く真ん中の男は、その光景をサングラス越しに一瞥し、右眉を吊り上げた。
盾のようにやや前を行く両脇のふたりに、ひそかに話しかける。
「……なあ、注目されてね? 大丈夫なんこれ」
「No problem. 想定の範囲内です」
「ビビってんじゃねえよ、ボス」
ボスと呼ばれた真ん中の男は、いかにもな風貌をしているが、正真正銘16歳の成瀬円である。
女王からミッションを受け、成瀬は早速繁華街に赴いたものの、肝の据わった汰壱と勇気に早くもついていけなくなっていた。
ふたりは慣れているのか、女王からの指示がそんなにうれしかったのか、作戦会議のときからノリノリだった。
その調子で練られた作戦が、コレ。
三人が裏社会に通じる立場であることを知らしめ、ターゲットに疑われることなく接近を図る。そのために全員、ヤクザ仕様に変身させた。ボスになりきらなければならない成瀬は、特に念入りに手を加えられた。
メイクで額から頬にかけて描かれた傷痕。
右目に入れられた、白に近いカラコン。
胸や腕には、がっつりタトゥーシール。
微妙に長い黒髪はゆるく結われ、おくれ毛や毛先にだけ一日で落ちるヘアスプレーで真っ赤にされた。
さらに衣装部屋から、レオパードのシャツと黒の革ジャンを拝借。銃を隠した尻のポケットへの意識をそらす目的で、腰にゴールドのチェーンが巻かれた。
(さすがにやりすぎだろ……)
繁華街の名が廃れるほどに勢いよく人が引いていく。成瀬はもはや可哀相に思えてきた。周りが、ではなく、自分が。
撮影外でこんなことになるなんて悪運に尽きる。
隣町でホストやキャバクラを経営している新興ヤクザの下請けバイト中、というやけに具体的な設定まである。
もう誰も月9俳優だと認識できまい。
「ひとまず繁華街を一周して、ボクたちのことを印象づけましょう」
「怪しい奴いたら速攻詰め寄んぞ」
「……はぁ」
ひとりため息をついた成瀬は、意図せず繁華街ならではの活気をぶち壊し、通行人を委縮させる。
「本当にこんなとこで取引してんのか? 堂々としすぎだろ。木を隠すなら森の中ってか」
「どうでしょう。あくまで噂ですからね」
「でもここらへんにいる奴じゃなくてタクシーの運転手が知ってるってさ、まあまあガチ感あるよな」
「噂が出回っているんでしょうか」
「曜日や時間帯によって当たり外れありそうだがな」
「では、一周したあと、タクシーのよくとおるルートもめぐってみましょうか」
「ああ、あり。バーとかクラブにも行ってみようぜ」
ふつうに会話しているだけのふたりも、傍から見れば恐怖を増長させるヤクザの一味だ。
ゼブラのシャツに裏起毛付きのジージャンを羽織る汰壱は、スタッズのぎらつく黒マスクといかついアイメイクをしただけで、すっかり名門進学校から不良高校の生徒に成り下がった。
パイソンのダウンジャケットで上半身をすっぽり包んでいる勇気は、ハイブランドのロゴがでかでかと入った黒基調の野球帽を目深にかぶり、薬の売人でもやっていそうな危ないオーラを醸し出している。
成瀬と同様、それぞれヘアスプレーで一部を赤く染め、三人が仲間であることを暗に教えていた。
「メインストリート、そろそろ終わりが見えてきましたね」
「角で曲がって路地からぐるっと回るか」
「……了解」
成瀬は生半可な演技のまま、おとなしくふたりについていった。気分はボスどころか、散歩に引きずられるペットだ。