Q. ―純真な刃―
なつかしいな、と勇気はまた思う。
昔は自分もそうだった。
ずっと具合が悪かった。
ひどく遠くに感じる記憶が、体内を逆流していった。
脳裏で、年の離れた兄が笑っていた。
正義、という名前のとおり、人一倍正義感の強い男だった。
物心つかない勇気をいつもかわいがり、遊んでくれた。
大好きだった。
小学六年生になった兄は、ある日突然、笑わなくなった。動くこともなくなった。傷だらけの身体は冷たく硬直し、寝台に横たわっていた。
そして、永遠に目覚めることはなかった。
友だちと雪遊びをしていたはずだった。
吹雪のなか、車に轢かれそうになった友だちをかばい、自らが犠牲になったらしい。
両親は泣きながらも、ずっと懺悔し続けるその友だちとやらを慰めてあげていた。
小学校にすら上がっていなかった、とても幼い勇気は、目の前に起こるすべてを理解できなかった。
(おにいちゃんはどうしたの? このけがはぜんぶ、あいつのせいなの? じゃあなんで、あいつをゆるしてあげるの? なんで。どうして。おかしいよ。ねえ、おにいちゃん、おきてよ。わらってよ。ねえ、ねえ……)
年を重ねるにつれ、あの日のことをひとつずつ理解できるようになったが、気持ちは何ひとつ変わらなかった。
何も許せない。笑えない。
やがて、涙も出なくなった。
何年かの月日が過ぎ、例の友だちが神雷に入ったことを人づてに聞いた。
当時、神雷に今ほどの認知度はなく、勇気もはじめて聞く名前だった。それが暴走族だと知ると、無性に吐き気がした。
(あぁ、ほんとにゴミだったんだ)
そんな奴に兄は殺されたのか。
どうして。いくら問いかけても、誰も答えてくれない。
こんなことなら理解りたくなかった。
常に身体のどこかが痛かった。頭がガンガンと響く日もあれば、胃が内側から張り裂けそうな日もあった。
どす黒い感情を口から吐き出すほど痛みが治まったように感じた。
不良ごときに生きている意味はあるのか。
非行に走って、またいろんなところで迷惑をかけてるんだろう。
大嫌いだった。
神雷なんてふざけた組織なんかさっさと壊れてしまえばいい。
地獄に堕ちろと毎晩念じていた。兄がいなくなってから、なかなか寝つけなかった。
日に日に憎悪が増していく勇気とは裏腹に、世間ではヒーローのように活躍する神雷をほめたたえていた。
意味がわからなかった。
あんな最低野郎のいるところを、どうして認めることができるのか。逆だろうと勇気が訴えている間にも、神雷は功績を上げ、人気を高めていく。
悪夢のような現実を、勇気は受け入れられなかった。
復讐心に火が付くのは時間の問題だった。むしろ今までよく耐えてきたものだ。
中学三年生になった勇気は、受験のストレスも相まって、もう限界だった。
いつしか知らない者はいなくなっていた神雷のたまり場に、満を持して足を踏み入れた。恐怖で膝が笑っていたが、恨みつらみのほうがずっと大きかった。それを原動力に洋館内に乗りこんだ。
無駄に装飾の凝った扉を押し開けると、たったひとつの影がたたずんでいた。
宵闇に流れる天の川のような髪。
一度見たら末代まで忘れられない妖艶な顔立ち。
細い線の集合体の美しさに、ためこんでいた感情をまるごと、どこか遠くに吹き飛ばされた。
はじめて会ったはずなのに、ここの主であろうことが自然とわかってしまう。
ひざ丈のスカートを履いていて、ようやく少女だと気づいた。さらに遅れて、アイボリー色のボレロから、白園学園の生徒だと認知する。
想像していた不良像とちがいすぎて、頭が真っ白になった。