Q. ―純真な刃―



『あら、どちら様?』




呆然と立ちすくむ勇気に、少女は遠慮なく一歩詰め寄る。

勇気の顔を覗きこむと、もしかして、と透けた目を細めた。




『復讐にでも来たのかしら』

『っ!? な、なんで……!?』

『ふふ、やっぱり。そんな顔をしているもの』

『か、顔?』

『憎くてたまらなさそうな顔』




最初から図星を突かれ、調子が狂ってしまう。

ただきれいなだけの笑みを浮かべる少女から、甘くかぐわしい香りがした。

くらりとめまいがした。




『あ、あんたは、いったい……』

『ここの総長よ。なりたてだけれど』




まるで女王のようだと思っていたけれど、本当にそのとおりだった。

勇気はふしぎと見入っていた。

社会のゴミでしかない不良など、視界に入れるのも嫌だったはずなのに。




『……ここに、あいつはいるか』




兄を殺した友だちの名前を忌々しく吐き捨てる。

だがしかし、少女は残念そうに頬を下げた。




『その方なら、もうここにはいないわ』

『え……』

『ずいぶん昔に神雷をご卒業されているの』




卒業、という言葉には違和感があったが、言われてみれば当然だ。

兄が生きていればとうに成人している。兄の仲の良かった元凶も、さすがに暴走族なんてやっている年齢ではないだろう。


けれど、奴はたしかに、ここで過ごしていたのだ。そう考えると、たちまち気分が悪くなる。ここには致死量のウイルスが蔓延しているにちがいなかった。




『あなたの復讐、お手伝いしてさしあげましょうか?』




脈絡もなく少女は言った。

おままごとに付き合うような軽いテンションで、悪魔の契約を持ちかける。

勇気は混乱し、すぐに言葉が出てこない。




『先代についての情報、いくらでも売ってあげるわよ』

『な、な……仲間の情報、んな簡単に売っていいのかよ……!?』

『仲間? 誰が』

『え?』




本気で意味をわかっていなさそうに、少女は首をかしげる。




『昔ここにいただけでしょう?』




共通点はたったそれだけ。

大先輩だろうが、ものすごい功績があろうが、知ったこっちゃない。

実際に会ったことがないのだから、しょせんただの他人だ。それ以上でもそれ以下でもない。

どうでもいいことだ。




(……すげえな……)




なんて淡泊で、単純な、思考をしているのか。

零度に近い冷たさを感じながらも、勇気の心のど真ん中にグサリと突き刺さった。


ここに属していただけ。そのとおりだった。

憎むべきは、あいつ、ひとり。神雷は関係ない。

なのに、いつからだろう。あいつの関わるものすべてを、盲目的なまでに憎んでいた。




(バカだ、俺……)




なんて悲しい世界で生きていたのだろう。




『少なくとも私は、過去の偉人より、今目の前にいるあなたに情があるわよ』




身体が軽くなったのを感じた。

高ぶっていた熱が、肌の下で安らかに凪いでいく。

ほどよい温もりに意識がまどろむ。

きっと、もう、悪い夢にうなされることはないだろう。




(明日……明日も、この人に会いに来よう)




神雷でもいい。総長でもいい。

なんだっていい。

少女が、少女であるならば。


かつて、兄と遊んだときの気持ちを思い出した。


翌日、勇気はふたたび洋館を訪れた。

気高き女王は、また見透かしたように、階段の上で待ちかまえていた。



――あのとき、たしかに、勇気の世界は変わりだした。


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