Q. ―純真な刃―
「ここまで来りゃいいか」
成瀬の手が、勇気の首から乱暴に離された。大通りの入り口近くまで戻ってきていたようだ。
いきなり解放され、体勢を崩した勇気は、文句を言おうとし、すんでのところで抑えた。つかまれていたところをさすりながら、ばつが悪そうにつぶやく。
「礼を言うのは癪だが……まあ、助かった」
「は? 何が」
「な、何がって……」
「俺、今はボスなんだろ?」
「っ、」
さも平然と言ってのける成瀬に、勇気は思わず生唾を飲んだ。
なぜか、つと、我らが女王とはじめて会ったときのことが脳裏をよぎる。
姫華と成瀬。まったく似ていないはずなのに、どこか雰囲気が重なるときがある。
……ような気がする。いや、気がするだけで、実際はちがう、そんなはずない。一種の気の迷いだ。絶対そうだ。危ない、危ない、と勇気は思い切り頭を振った。
とうとうイカれたのかと一歩引く成瀬に、いつもの調子を取り戻した勇気がオラオラと食ってかかる。
大通り付近で一気に増えた通行人は、見た目ヤクザのふたりから一歩どころか十歩ほど遠のいていることに、当の本人は気づいていない。
「Hey!」
そこに介入しようとする人に、周りは勇者か!? と驚いたが、その人もまたヤクザのようでそっと目をそらした。
人口密度が人知れず減っていくなか、汰壱はふたりと合流する。
「そっちにターゲットはいました?」
「いや、ちょっと足止め食らっちまって、ちゃんと捜せてない」
「何かあったんですか?」
勇気と成瀬は目を合わせる。すぐに勇気は上へ、成瀬は下へ目を泳がせた。
いっこうに話さないふたりに、はなからたいして興味のない汰壱は大げさに肩をすくめた。
「OK. まだ近くにいるかもしれませんし、もう少しサーチしましょうか」
「そうだな。赤い爪の男、見つけねえと」
一旦野球帽を取った勇気は、毛先だけ赤らんだ髪をかきあげ、野球帽をかぶり直す。つばをぐっと深く沈め、ドラゴンの頭にまで影を落とす。
爛々と殺気立ち、雪を降らさず辺りを凍らせる。
成瀬まで寒気を感じる。ボスらしくもなく背を丸めれば、誰かにバシンッと叩かれた。
「痛っ!?」
「あははっ! ほら行くぞ、円!」
勇気は屈託なく笑いながら数歩先を行き、成瀬の名を呼ぶ。
「あ、今はボスか」
笑い方が意地悪く変わり、成瀬はけだるげに顔をしかめる。
白い歯を覗かせる勇気に、エネルギーを吸収されていくようだった。