Q. ―純真な刃―
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結局、赤い爪の男は見つからないまま、日付を超えた。
副総長のふたりは範囲を広げて捜索を続行。
ボス役の成瀬は、先にたまり場に帰還することになった。けっして疲労や意欲の差ではない。銃を持ち続けることを危惧したためだ。
寒さに震えながら洋館に入ると、珍しく電気が点いていなかった。
シャンデリアの輝かない玄関ホールはほの暗く、物音ひとつしない。暖房も効いておらず、ぶるりと背筋が震えた。
そういえば、三人が繁華街へ行く際、ほかのメンバーも調査や見回りのため出払ったのだった。
ツタの這う不気味な外観から続く、隙間風をたやすく聞き取れるほどの静寂は、さながら本当にお化け屋敷に立ち入ってしまったかのようだ。
奥歯をがたつかせながら、武器庫のある衣装部屋へ向かう。
ホールの大階段を一段ずつ上がっていきながら、ふと、成瀬は違和感を覚えた。
レッドカーペットの色にムラがある。
点々とついた深みのある色合いを、サングラスを外してまじまじと見つめた。ベルベット素材の濃厚な朱色に、シミのような黒くて丸い模様がしみていた。
かすかに鉄臭い匂いがし、成瀬はとっさに鼻と口を手で覆った。
(えっ、これ……血?)
固まった血の跡は、上へと続いていた。
鳥肌の立つ腕をさすりながら、不規則に染まるソレをたどっていく。
気づいたときには、成瀬は三階まで来てしまっていた。
『ただし、3階は私のエリア。むやみに立ち入らないように』
最初に姫華から受けた忠告。
不覚にも破ってしまうことになるなんて。
けれどそれは同時に、この血が姫華に関係することを意味していた。
心拍数が上昇していく。
(どうしよう……いや、でも……)
今さら、見なかったことにはできない。
筋肉のこわばった足で、血の跡を踏みしめた。
階段をのぼってすぐのところにある扉の前で、血の跡は途絶えている。
おそらくここが、女王の部屋だ。
黄金のドアノブに、かじかんだ指先を伸ばす。
ゆっくり、ゆっくり、時間をかけながら、ドアノブを回した。鍵はかかっておらず、軋みながら開いていく。
あたたかな光があふれた。
拓けた景色は、暗闇に慣れた目にはとてもまぶしく見えた。
普段寝泊まりしている二階の小部屋よりも五倍以上広い。成瀬の自室がビジネスホテルのシングルなら、ここは三ツ星ホテルのスイートルームだ。
白で統一された家具。
人工大理石でできた簡易キッチン。
薔薇に見立てたディフューザーから放たれる華やかな蜜の香。
王の住処として申し分ない高級感に、唯一そぐわない、鈍い赤色。
部屋の床にも、ぽつぽつ、数滴たれている。
ソレは室内にある白い扉まで伸びていた。
扉の奥からシャワーの音が響き、成瀬はあわてて頭を反対方向に逸らす。