Q. ―純真な刃―

誰がため








「あの飛行機、110人乗ってたらしいぜ」

「へぇー。ちゃんと全員堕ちた?」

「いんや。消息不明が16人。あのガキ抜いても15もいやがる」

「わざわざ爆弾1個使ったんだ。本命が殺られてくんねえと困るぜまじで」

「警視総監だっけ? あ、その部下か」

「そーそー。拐った奴ん中にたまたま警視総監の孫がいやがったせいでなー」

「32番な。上玉は得てして家柄もいいもんだ」

「しかもちゃっかりGPS仕込んでるあたり、抜け目ねえよ、日本の警察も」

「GPSどこにあったん?」

「髪留めんとこ」

「うわ。キモ」

「GPSの消えたところまで、部下遣わせて健気な爺さんだね〜。乗客リストハッキングしておいて正解だった」

「俺らの一攫千金の商売、邪魔する奴ぁ、全員地獄行きだぜ。アッハハ!」




臭みのある笑いが、石が積み重なって形成された住居によく響いた。

真昼間から酒瓶を開けて飲んだくれた、大の大人が3人密集するリビングスペースに、防音効果など皆無に等しい。

その騒ぎようはちょうど真下に位置する、15人の子どもを閉じこめた地下牢に、地震のごとく伝わっていた。




「――サンカク。具合はどう?」




笑い声が振動して砂の雨がぱらぱらと降る、暗く、汚く、肌寒い地下。住むにはまったくもって不向きなこの場所で、絶えず美しい輝きをまとう天使の現身のような子ども――マルは、そう言って牢の隅に敷かれたシーツのそばに正座した。

そこに寝そべる、マルと同い年くらいの子どもは、飛行機墜落事故の重傷者であり、闇市に出品するために延命された33番目の被害者である。


番号で呼んだり呼ばれたりするのは精神的にきついので、同じ境遇である牢の子どもたちの間では、コードネームをつけるのが暗黙の了解となっていた。

スペインとのハーフである重傷の子は、品番から取って「サンカク」。

ほかの子もマルやシカクなど模様の名称から名付けられることが多かった。




「もうだいぶよくなったよ。こうしてふつうにしゃべれるし、じぶんでおきれるし、げんきもある!」

「サンカクが毎日痛みと戦ったからだね。よくがんばったね」

「……うん」

「どうしたのサンカク?」

「あ……えへへ、あの、なんか、そのサンカクってあだ名、なれなくて」

「そう、だよね……。本当の名前じゃないもんね」




サンカクの意識が戻ってから約2週間。

基本寝たきりの生活をしてきたが、最近ようやく自由に会話したり、自力で上半身を支えたりできるくらい回復してきた。

けれど、頭と心の回復にはまだまだ時間が必要だ。




「でもね、サンカク。前にも言ったけど、本名は絶対に教えちゃいけないよ。ボスたちにうっかりバレでもしたら、そこからなんでも知られちゃうからね」

「うん……」

「名前だけじゃないよ。自分のことは全部、どんなことも言っちゃだめ。わかった? 全部、だめだからね」

「わかったって」




元々人身売買を暗躍していた紅組は、誘拐した少女の身元をリスト化し、いつでも口封じに動ける状態にしていた。

組織壊滅後、計画を引き継いだ紅組の残党は、戦闘メインの役職だった者が多く、そういった管理には疎かった。おかげで、見た目がいいからという理由だけで拐った子どもたちの情報など、まったくといっていいほど手つかずで、現物さえよければそれでいいと思っている。


それでも、だてに修羅場をくぐっていない。危機察知の面に限っては、飛び抜けて管理がうまかった。

品番が33に達しているにもかかわらず、地下牢に半数しかいないのがその証拠。

自分たちの害になり得る情報については隅々までリサーチ済みのボスたちは、計画に支障をきたす可能性のあるものは、迅速かつ確実に潰しにかかった。


サンカクがここで寝込むはめになった原因、飛行機墜落の一件も、ボスたちの仕業であろうことは、ボスと一番長く接するマルにはなんとなく察しがついていた。

日の高いうちからあんな大っぴらに騒いでいたら、いやでもわかってしまう。壊れやすい商品(ガキ)相手に、端から隠す気はないのだろう。

ほかの子どもたちも、ボスがサンカクを連れてきたのを機に、薄々勘づき始めていた。


殺ろうと思えばいつでも殺れる。自分だけでなく、家族や友人まで。大事なものすべて、奪われる。

そうとわかっているから、誰も個人の特定ができる情報は明かさない。名前ひとつ気を抜いてはいけない。

そのためのコードネーム。命を守るためには必要なことだ。




「マルは、なんでマルになったの?」

「それは……0番だから」

「ゼロ……?」




てんでわからずサンカクはぽかんとする。

それでいい、知りすぎてもいいことはない。


飛行機墜落の真相も、マルは今後も教えてあげる気はなかった。人身売買のことだって、話すのが早すぎたと今でも後悔しているのだ。

サンカクは一見大丈夫そうにしているが、その内に隠された心は、いつ壊れてもおかしくはない。

家族ともう二度と会えないということも、本当の意味では理解していないだろう。だから、今、元気になったと笑うことができている。


マルは、守りたかった。

その笑顔を。その心を。
取り返しのつかないことにならないように。

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