Q. ―純真な刃―
「だ、だめじゃないか! こんなところに来ちゃ!」
「Why?」
「だめって言われても、なあ?」
「い、今は、ほら、撮影中で……」
「あー、いいんだ。こいつらは俺が招集したエキストラだから」
何食わぬ顔の一般人にたじたじの助監督に、風都がさらりと許可を出した。えっ、と助監督はフリーズする。
部外者ではなく、エキストラ。
中高生らしき子どもたちがニッと得意げに笑む。よく見ると顔立ちがいい子ぞろいで、体つきも悪くない。腹に落ちた助監督は、速やかに詫びを入れた。
「エキストラの方々でしたか! だからこんなところにふつうに来れたんですね。いやあ失礼しました」
(……こんなところ、ね)
カメラの延長線上に位置する道端でずっと聞き耳を立てていた成瀬は、助監督の無意識な表現に苦笑をこぼした。
(そう言っちゃうのも無理ねえよな)
エキストラだという子どもらの笑顔が、成瀬の目には胡散臭く見える。
なぜならここは、あのエキストラたちが普段主人公のように君臨している居住区。うっすらと月の浮かぶ方角にそびえる、ひときわ幅を取った洋館が、彼らの住処。
――あの館は、神雷のもの。立ち入ったら最後……。
彼らこそ、神雷の一員。
エキストラでなくとも毎日当たり前にここらへんをたむろしている。
そう教えたら助監督を始めスタッフは仕事どころでなくなってしまうだろうから内密にしておこう。
エキストラに選抜された汰壱と勇気が成瀬に気づき、うぇーいと手を振ったりピースしたりし出した。昨日まで冬休みだったこともあり変に浮かれている。成瀬はジェスチャーで諌めておいた。
ただでさえ制作陣はみんな、神雷の噂に怯えているのだ。必要以上に怖がらせたくはない。助監督なんか自覚なく「こんなところ」と蔑称してしまうくらい潜在的な恐怖を飼っている。せめてロケが終わるまではエキストラにはいい子でいてもらいたいものだ。
ロケ地は風都の提案で決まった。
最初はみんなに猛反対されたらしい。そりゃそうだ。いくら傾倒する監督の意向とはいえ、身の危険があるかもしれないところに進んで行きたくはない。
その実、ドラマのシナリオを踏まえると、歴史改変により多少荒れてしまった現代を演出するには、ベストな過疎地だった。
議論の結果、撮影メンバーを必要最小限にし、滞在時間も可能な限り縮小することで決着した。それなのにまさかエキストラに神雷構成員本人がいるとは誰も思うまい。灯台下暗しとはまさにこのこと。
監督も人が悪い。
成瀬が聞いた話、トシヤと同世代で、なおかつトシヤより格上の人材が大量にほしかったのだという。言われてみればたしかに神雷の奴らは条件に合っている。だからってじゃあそうしようとはならないだろうふつう。
有名な暴走族の縄張りで、その構成員をだしに使うことができるのは、この世で女王か監督くらいだ。