Q. ―純真な刃―
「謎にみんな監督のこと慕ってるよな。年功序列でOBOGはもれなく崇拝対象なわけ?」
運動部特有の縦社会みたいなものだろうか。いや、力こそすべてな裏社会にいるのだから、弱肉強食、強者にひれ伏す文化なのか。
しかし、勇気にばっさり否定された。
「なんで先輩ってだけで敬わなきゃなんねえだよ」
(あ、それ、いつも俺が勇気に思ってることだな)
考えが同じなら今後も敬わなくていいだろう。いい口実を見つけ、成瀬は内心ほくそ笑む。
「誠一郎さんは、特別」
「そうです、セーイチロー殿はまさに特別な星の元に生まれたスーパースターなのです!ボクの家族であり、師であり、推しであり――」
「汰壱はまあわかる。けど勇気らまで?」
「いろいろと恩があんだよ。飯連れてってもらったり、ツテでバイト紹介してもらったり。汰壱だけじゃなくて俺ら全員の保護者みてえな感じ」
「ふーん。依頼受けたのは親孝行的なことか」
「誠一郎さんの頼みごとならなんでもやるよ。お前の子守りもな」
「子守りって語弊しかねえな。そもそも俺は来たくて来たわけじゃねえし。監督が勝手に……」
「来てるだろ最近は」
「ちが…………す、住むのに便利なだけ」
「ハハッ、誠一郎さんに感謝しろよ」
「……信者2号みたいなこと言いやがって」
「感謝は大事だろ。ちなみに誠一郎さんの武勇伝聞いてウチに入った本物の信者もいるぜ? その代表格が、こいつ」
紹介するまでもない。成瀬と勇気そっちのけでひとり力説し続ける汰壱は、選挙演説みたく風都を推しに推している。
いつカットをかけるべきか。考えるのも億劫になってきた成瀬は、その道のプロに任せることにした。
「監督、ちょっと来て。早く」
「な、なんだよ円、いきなり」
「ボクは産まれたときから彼をリスペ――ハゥッ!!」
ちょうど次のカット割りを確認し終えた風都を、召喚。効果はバツグンだ。
「あ、汰壱、勇気、ひさしぶりだな。元気してたか?」
「誠一郎さんおひさしぶりです。俺は元気っすけど……」
「セーイチロー殿ーー! I miss youーー!」
こう見えて仕事中なので分をわきまえていた汰壱は、ラフな風都を前にリードが外れ、一も二もなく抱きついた。
しかし風都のほうが上手なようで、さらりと肩透かしを食らわせてみせた。
「汰壱……妹から聞いた、年末年始帰省しなかったんだって? ウチにも正月顔出さなかったし、心配してたんだぞ」
「Oh,sorry……I was very busy……。ボクもマミーやパピーやセーイチロー殿に会いたかったんですが……」
年末年始といえば、武器商人との連絡を取るため逆探知に励んでいたころだ。
実家がアメリカにある汰壱は当初、風都家で年越しを迎えてから風都ファミリーとともにアメリカへ発つ予定だった。だが、ひらめいてしまった。ターゲットに近づく方法を。天才な自分をいっそ憎く思った。思考を止めることなどできない。すぐに飛行機のチケットをキャンセルした。すべては、愛しの女王のため。ホームシックもかすり傷程度に感じられた。
「サクラコやユラはお元気ですか?」
「元気、元気。由楽は来月あたりスキー合宿行くって張り切ってるよ」
「合宿ですか、楽しそうですね! お土産はぜひ木刀でお願いします!」
「ぼ、木刀? なんでまたそんな物ほしがるんだ」
「お土産の定番と聞いています。それに、侍の娘から託される刀というだけでそそるものがあります。はぁ、エクスタシー……」
「斬新な楽しみ方だな……。侍の名はもう円にゆずったぞ?」
「I khow. ミスターナルセは二つ名を継承しました。ですがセーイチロー殿! ボクにとって、あなたは永遠に、憧れの侍なのです!」
これについては勇気も同意を示した。侍の名を聞いて他の構成員もわらわらとたかり出す。街灯に誘われる季節外れのハエのような賑わい。まいったなぁ、と風都はつぶやき、実際に街灯ほどありそうな上背を小さくすくめた。
何年愛を伝えられても、傲らない、侮らない、真に受けない。現状に満足せず常に高みを目指す風都だから、汰壱も他の神雷メンバーもドラマスタッフも敬愛してやまないのだ。