Q. ―純真な刃―


女装を解き、年相応のカジュアルな私服姿になった利央がこの場にいることに、勇気は気の抜けた面になる。場に馴染みすぎてツッコミを後回しにしていたのだった。




「そういえばなんでここにいんの? 誠一郎さんと一緒に撤収したはずじゃ……?」

「そのはずだったんですが、ミスターRIOのほうから情報提供がありまして」

「情報提供?」




風都には帰るよう言われたが見て見ぬふりはできず、利央は近くにいたエキストラの下っ端に“見てしまったこと”を話すことにした。

話を聞いた下っ端はあわてて姫華に報告し、あれよあれよという間に参考人として立ち会うこととなった。

ちなみに、勇気が来る前にひととおり事情は周知している。その際、借りパクした衣装は後日返却で手を打ち、クリーニングして郵送する旨を、最高責任者である風都にも共有済みだ。




「さあ、教えてくださいミスターRIO。あなたの握るヒントを」

「ヒント?」

「俺……見たんです」




撮影現場では飄々と世間話を広げ、広間でもポーカーフェイスでいた利央が、今は若干のプレッシャーを隠しきれずにいる。何かに怯えているようでもあった。




「ビルみたいなところに誰かが立っているのを」




食い気味に勇気が場所を訊くと、利央はざっと窓の外を指さした。暗くて正確に認められないが、成瀬が光を捉えた方角とほぼ一致していた。




「ハッ……あの距離から、一発で? 嘘だろ……」

「凄腕スナイパー……どこぞのヤクザの回し者説も出てきましたね」

「いや、武器改造もありえる」




頭に血がのぼっている勇気は、頑なに武器商人説を譲ろうとしない。




「どんな奴だった?」

「男の人っぽかったです。顔はさすがに見えませんでしたが、全身黒ずくめで、ガタイがよくて」

「そんで爪が赤かった?」

「つ、爪はちょっと……」

「じゃあ凶器は? ふつうの弓だったか?」

「何か持っていた気もしますが、それもあまり……」

「人数は。ひとり?」

「は、はい、ひとりです」

「単独犯か……わかった」




勇気は貴重な目撃証言を追求しきると、




「やっぱ武器商人が有力だな」




自身の推理に根拠を獲て、自信を持って結論づけた。しかし隣の汰壱は依然として難色を示す。




「Hmm……本当にそうでしょうか……」

「俺らにこんなことしでかす奴だぞ? そいつ以外に心当たりあるか?」

「まあ、それはそうなんですけど……」


「……何か引っかかっているようね」




煮え切らない言い方に周りがざわつくなか、姫華は静かに手元のティーカップを撫でていた。カップの底の花を破る矢を、糸のほつれをつまむように抜いてみせる。傷の開いたカップがかすかに泣いた。




「汰壱、言ってみなさい」

「女王様……」




促されると、汰壱の内なる違和感はふしぎとするする言語化されていった。




「以前ハッキングして連絡をとったとき、突然電波を遮断されたじゃないですか。それがなぜだかずっと気になっていまして……。武器商人にそこまでの意思があったとはどうしても思えないんです。となると第三者(アウトサイダー)による妨害と考えるのが自然……ですが……勇気の言うとおり、ボクらに介入してくるような第三者(アウトサイダー)に覚えはなく……」

「そうかしら?」




ボキャブラリーの豊富な汰壱が、ほどなくして言葉の渇きを覚えると、合いの手のような返答があとを継ぐ。片頬に手を当てた姫華が、首をしっとり傾げていた。




「私は心当たりあるわよ」

「え!?」
「誰すか!」




寝耳に水で汰壱と勇気は勢いよく彼女のほうに身を乗り出した。下っ端たちも先ほどと比にならないほどざわざわしている。

紅組残党討伐を独りで請け負ってしまうような人だ。本件以外にも自分たちの知らないところで危険な目に遭っているのかもしれない。そう思うとよりいっそう今回の落ち度が悔やまれた。

そんな彼らの並々ならぬ焦燥を汲み、姫華はひとりひとりを順繰りに見つめ、なだらかな微笑を描いた。




「誰と言うと難しいわね」

「……Uh……?」

「どういう……?」

「私たちは誰に恨まれていてもおかしくない存在だわ」




そのひと言に汰壱と勇気は息を呑んだ。


まるで地動説を語るような彼女の声、眼差し、佇まい。

どれをとっても平常の営みの延長でありながら、きれいにつくられた表情に情はなく、真夜中の美術館に展示された絵画を彷彿とさせた。




「自警団のように気取っていても、しょせん裏社会の末端。初対面で殺り合うこともあれば、理由なく刺されることもある。それにいちいち文句をつけていい身分ではないの」




神雷が正統を重んじる異端児なので忘れがちだが、本来、日の目を見るべき立場にない。


この世は、殺るか殺られるか。

憧憬や恩義に一喜一憂できる幸福は一番に奪われる。

不特定多数の悪意に晒され、最後には、明日を失うのだ。


地獄に日は昇らない。
命に価値はない。

いつ何があっても、あるいは消失しても、それがこの世の運命。



あの日。

地下の闇に穢れたあのときから、姫華はずっと思っている。




「私たちは殺られる前に殺る、それだけよ」




生きているのではなく、生かされているだけであると。




「さて、情報共有はここまで」




ひとたび姫華が手を鳴らすと、周囲は瞬時に動き出した。

犯人の決定打をつかむべく物的証拠を探索する者、現状確認でき得るだけのアリバイを整理する者、矢の形状や紙の印刷などくまなく調べる者。

ひとまずシャツに着替えた勇気は何度か襟を正したのち、置いてけぼりの利央に助力を仰いだ。




「おいRIO、犯人のいた場所をもっと詳しく教えてくれ!」

「は、はい!」

「ボクは改造チップから武器商人の現在位置を割り出せないか、再度トライしてみます!」




最後に目をメラメラ燃やした汰壱が、姫華に向かって闘志を表明し、部屋を飛び出していった。

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