【完】さつきあめ
わたしは、あなたの心が欲しい。
そんな思いを振り切るように、くるりと後ろを振り向いた。

「すっごく高い物考えておくねぇ~!
じゃあ、同伴行ってきまぁ~す!」

考えないようにすれば、考えてしまっていること。
心はいつだって同じ場所に帰っていくから、悲しいよ。
けれどそこに求め合う激しい愛情がなくとも、こうやってふざけて話し合えば、最低でも好きな人の側で笑っていられること。
変わることを恐れて、変わらないことを望んでしまっていた。

「引っ越ししたいんですよね…」

「えぇ?!引っ越しぃ?!それなら俺に言ってよ!」

今日の同伴相手は不動産屋さんの社長の渡辺さん。
そこまでお金持ちではないけれど、飾らない個人の古びた居酒屋をいつも同伴でチョイスするこの人のセンスが好きだった。
今日来たお店も夫婦で営んでいる小さな居酒屋だったが、出てくるメニューが家庭のおかずばかりで、ほっと安心するような味がした。

「渡辺さんの持ってるマンションはなんか嫌」

「え~なんで~」

「職権乱用して、ストーカーとかされたら嫌だもん」

「もぉーさくらちゃんは辛口だなぁ~俺がそんなことするわけないでしょ~?
ひど~い!
って、真剣な話、どんな部屋がいいの?
俺のとこじゃ紹介出来ないようなら知り合いに口聞いておいてもいいし」

冗談も言い合えるくらい、お父さんのように話しやすい人だった。

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