【完】さつきあめ
ぎゅっと握られた手はとても温かかった。

子供のような顔をして安らかに眠る朝日の顔を見て、また心が痛む。
小さな時に母親は死んじまったし、家族に誕生日を祝われた記憶はない。

それは物心着く前にお母さんは常にいなかったということだ。
だとしたら、朝日のお父さんは?お父さんに育てられたのだろうか。
どっちにしても、わたしに朝日の背負う孤独は図りしきれない。
わたしは普通の家庭に生まれて、普通に育ってきたから。
あの頃は考えもしなかった。いかに自分が恵まれていて、幸せな人生を送ってきたのか。
光や綾乃だってそうだ。
この仕事に就いている人間は、思っている以上に家庭環境が複雑な人間が多い。いつか小笠原も言っていた言葉だ。

朝日の温かい手を握りながら、いつの間にか意識を失っていた。

まどろみの中、夢を見た。

「あの人は強く見えるけど、すっごく弱い人だと思うの。
だからわたしが守ってあげなきゃって
誰になんと言われようと、わたしはあの人が好きなの」

夢の中、彼女が微笑んでいた。
でも泣いてるようにも見えて、彼女の肩越しの窓に小さな水の粒がついていて、外は雨が降っているのだと気づいた。

「天気雨だよ、すぐにやむよ」

彼女はまた泣いてるように笑った。

愛してるのに、人の気持ちは変わる。
愛しているのに、置いてかれた。
小さな涙の粒がアスファルトを濡らして、やがて大きな雨音に変わる。
突然の豪雨だというのに、雲の隙間が光りを照らして、それが天気雨だと知った。

あの日も、こんな大雨が降った日だった。

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