【完】さつきあめ

名刺入れから1枚名刺を取り出し、それを目を細め見つめた。
THREEの名刺にはスミレの花が刻み込められている。
それは朝日の想いだ。

「あたし、今は結婚してるんだけど。
もちろん旦那さんの事は大好きだけど、何年経っても朝日は特別なまんまなのよね。
だから朝日が困ってるなら助けたいし、朝日の夢を知ってるから」

「菫さんは…宮沢さんと結婚したくはなかったんですか?」

わたしの問いかけに、菫は可笑しそうに笑った。

「結婚したかった。あたしは朝日と結婚したかった。
今まで付き合ってきた女も同じ気持ちだったんじゃないかな?
ほら特に、今のONEのナンバー1さんとかも」

ONEのナンバー1。それはゆりを指している。

「でも朝日は誰とも結婚しない。
あいつ自体が結婚して家族を持つって事にリアリティーがないのよ。
朝日の抱える孤独とか、傷とか、全部昇華出来た時に初めて意識するんじゃないかな。
あたしにはそれが出来なかった…」

懐かしそうに、でも切なそうに昔話をする菫。
家族を持つ事にリアリティーを感じないのは、朝日の生まれ育った環境のせいだ。
物心つく前から母親を失い、母親の違う兄弟と育ってきた朝日はどんな気持ちだったのだろう。
わたしには朝日の抱える孤独や傷を理解する事は出来ない。
誰だってそう、誰かの気持ちを理解する事は難しい。自分の気持ちのように誰かの気持ちを理解することは難しいけれど、誰かの傷に触れてまるでそれを自分の傷のように共有出来たらどれだけ素晴らしい事だったか。


< 538 / 598 >

この作品をシェア

pagetop