【完】さつきあめ

家に入ってすぐにベランダの窓を開けると、夏から秋へ変わっていく冷たい風が部屋の中を通り抜ける。
同じマンションに暮らしていた少しの時間。
一緒に帰ってきて、一緒に何度もこの夜のネオンを見下ろしていた。
切なさも悲しさも、喜びさえ包み込んでいく優しい時間がそこにはあった。
あの頃、その全ての時間さえ止まってしまえばいいと思う程、この人の事が愛しくて仕方がなかった。
初めて知った恋の喜びも痛みさえも、わたしの全てだった。

「久しぶりだな、こうやって夕陽とここに来るのも」

「あたしはずーっとここにいた。変わらずにずっと」

ごめん、と光が呟いた。

光がいたから、この沢山のネオンが寂しくないって思わせてくれた。
でもひとりになって見つめるネオンは正直悲しくて仕方がなかった。
嬉しい記憶があればあるほど、それを失った時目に見えてたものは色あせて見せた。
それでもわたしは何度でも立ち上がり、悲しい夜も超えてきた。

「あたしにとって、この夜の全てはいつの間にか光になっていたんだね」

「夕陽……」

「あたしは光がずっと好きだった。最初から、光を好きだなって意識した日から、ずっと光が好きだった。
光があたしの前からいなくなった日からもずっと光の事だけだった…」

「俺は…夕陽のためにした事が結果的に夕陽を傷つける事になったのは申し訳ないと思ってる。
それでも今回七色を辞める事も、新しいグループを自分の物にするために人の気持ちを利用してきたことも
全部全部夕陽のためだった…」

「わかってる。それが光にとっての’最善’だったんだよね」

「でもな、過ぎてから思う事はこれは本当に最善だったのかって
まだ別の手があったんじゃねぇかって、何度も自分に問いかけてきた。
それでも俺は夕陽と一緒にいたいって思う気持ちに嘘はひとつもねぇ…」

< 556 / 598 >

この作品をシェア

pagetop