エリート御曹司は獣でした
コース料金ではなく、食べたいものをそれぞれ単品で注文した私たちは、まずは飲み物で乾杯する。

久瀬さんはグラスの赤ワインで、私はワインベースのカクテルだ。

料理が運ばれてくるまでの話題として持ち出したのは、先ほど思った、新しい作戦への切り替えについてである。


「仕事の話で焦らせる方法だと、一分までの短縮が限界なのかもしれません。別の方法を試してみたいです」


他の客に声が届かないようヒソヒソと話せば、彼はワイングラスを置いて、「どんな方法?」と前向きな興味を示した。


「あ、すみません。具体的なことまでは、まだ……」


期待させてしまったことに肩をすくませて謝れば、彼は首を横に振って、気遣い溢れる言葉をかけてくれる。


「医者でも匙を投げたのに、ここまで改善したんだ。奈々子には感謝してるよ。今後は劇的な成果を期待せず、のんびりとした気持ちでやっていけばいいさ」


木目のテーブル上で重ねられた、大きく温かな手と、優しい微笑み。

私の気持ちを楽にしてあげようという思いやりに胸が熱くなり、かえって私は奮い立った。

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