エリート御曹司は獣でした
旅館に到着する前にコンビニで買ってきたポン酢の小瓶を、久瀬さんが黒い旅行鞄から取り出し、座卓の上に置いた。

私は床の間の横にある和風ローボードから、丸いコロンとした形の湯のみ茶碗を出してきて、彼の前に置く。

角を挟んだ隣に座り、座卓に向かう私たち。

あぐらをかいた久瀬さんが、無言で湯のみにポン酢を少量注ぎ入れ、それを手に持った。


ゆっくりと口に近づけた彼は、唇まであと三センチほどのところで手を止め、深呼吸する。

久瀬さんの速い鼓動が聞こえてきそうで、私の中の緊張も強まった。


「飲むよ」

「はい……」


小百合さんの授乳シーンを目撃してしまった後、久瀬さんの中で、彼女に対するなにかが変わった気がしている。

思春期の頃に強く結びついてしまったポン酢と性的興奮の鎖が、切れていることを願っている。

十二歳の時からずっとこの体質に苦しめられてきた彼は気の毒と言う他になく、もうそろそろポン酢の呪縛から解放してあげてほしい。


ポン酢の神様、お願いします……。


指を組み合わせて祈る私の前で、目を伏せた彼が酒をあおるように、クイッと湯のみを傾け、ポン酢を飲んだ。

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