エリート御曹司は獣でした
しかし、反省している暇はないようだ。

片手でネクタイを握りしめた久瀬さんが、「うっ」と苦しげに呻いた。

変身が始まってしまったようである。


ここで狼化されてはマズイと慌てた私は、咄嗟に「お手洗いに行ってきます!」と大きな声で言った。

長野さんと杉山さんの注意が私に逸れる。

立ち上がった私が、「お手洗いはどこでしたっけ?」とさらに大きな声で問いかければ、戸惑いを顔に浮かべた長野さんが口を開いた。


「ええと、ここを出て、通路をーー」


その説明を「全然わかりません!」と遮った私は、苦しむ久瀬さんの腕を両手で引っ張って立たせると、早口で言う。


「わからないので案内してください。漏れそうです。早く行きましょう」


呆気にとられている長野さんたちにも、食事中に迷惑な……と言いたげな他の客にも構っていられない。

久瀬さんの手を引いて店外に出た私は、全力で走った。

斜め後ろに聞こえる彼の呼吸が苦しげなのは、走っているせいではなく、変身するまいと抗っているからだろう。

< 82 / 267 >

この作品をシェア

pagetop