エリート御曹司は獣でした
こういう場合、私の部屋で暖まっていきませんかと、誘うべきだろうか……。

終電時間までには、まだ一時間ほど余裕がある。

送ってもらって、ただで帰すのも悪い気がするし、誘ってみようか。

干しっぱなしの洗濯物と、シンクの中のまだ洗っていない食器が気になるところだけど。


お礼を述べた私に「気にしなくていい」と爽やかな笑顔を向けた彼は、「じゃあ、また明日、会社で」と言い残し、踵を返そうとしている。


「久瀬さん!」


コートの袖を掴んで引き止めれば、振り向いた彼の瞳にポーチライトが眩く映り込み、鼓動が跳ねた。

「なに?」と不思議そうに問われたら、私は急に恥ずかしくなる。

やっぱり家に上がってほしいというのは、やめようか。

下心があると勘違いされるかもしれない。

でも、爽やかで誠実な久瀬さんなら、そんな邪推はしない気もするし……。


言葉に詰まっていたのは二秒ほどだが、忙しなく考えを巡らせた結果、こんな誘い方をしてみた。


「美味しいコンビーフがあるんです。よかったら、食べていきませんか?」

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