上司と私の偽恋愛 ※番外編追加しました※
「亜子」
頭の中が混乱して私の耳は風の音させも聞こえないのに、優しく呼ぶ声だけはしっかりと拾いあげた。
上を向くと結城課長が苦しそうな顔をして私を見つめている。
「俺を信じてくれ」
そう言い終わる前に結城課長の顔が近づいてゆっくりと私にキスをした。
それから少しの間私に寄り添っていてくれた結城課長は名残惜しそうに東京へ帰って行った。
私は病室へ戻りお母さんの側に付き添いながら、目を覚ますのをただ待っていた。
病室へは家族も夜の8時以降は中へ入れない事になっている為、先生や看護師さんに任せて私たちは一度家に帰ることにした。
買い物に行く暇がなかったので、冷蔵庫にある材料でどうにか夕飯を作り、出来上がる頃には涼太も帰ってきてお父さんと3人でご飯を食べた。
「よく考えると3人で食べるなんて珍しいよな」
「そうだな、いつも母さんがいるから不思議な感じだな」
涼太とお父さんの会話はしんみりしてるわけではないけど、どこか寂しそうに聞こえる。
私がいなかったらこんな時誰がご飯作るのかな……。
涼太? それともお父さん?
2人とも仕事ばかりで料理なんて作ってるところ見たことない。
私、少しは役に立つのかな……。
こんなことくらいしかできないけれど、ご飯作ったり家のことくらいなら昔から手伝ってきてたからなんてことない。
「亜子の作る料理は母さんの味と全く一緒だな。美味しいよ」
お父さんが私の作ったあり合わせの料理を褒めてくれてなんだか照れてしまう。
素直に受け入れることで、こんなに心が温かくなるなんて知らなかった。