ヴァンパイア夜曲
「レイシア」
彼が初めてちゃんと私の名を呼んだ。
覚えられてもいないと思っていただけに、つい動きが止まる。
低く艶のある彼の声は背中から確かに耳に届いた。
「世話になった。ありがとな」
思わず振り返ると、彼はもう歩き出していた。こちらを振り返る素振りも見せず、すたすたと森の中へ消えていく。
なによ。
最後の最後で素直になるなんて。お礼なら、面と向かって言ってくれればいいのに。
あの澄ました無愛想な彼がどんな顔をして言っているのかまっすぐ見てやりたかった。
「シドさん、行っちゃいましたね。また会えるかなぁ」
ミックがそんなことをぽつりと呟いたが、きっと彼がこの地を踏むことはないだろう。
縁があったからと言って、今後この修道院に顔を出すような性分でもない。
「…さ。いつまでも別れを気にしてなんかいられないわ。旅人のことは忘れて、買い出しにでも行きましょう」
「はい!」
にこりと笑ったミックにそう答えた私だったが、私の脳裏には彼の綺麗な碧眼が焼きついたまま離れなかった。