ヴァンパイア夜曲

殺し屋オーラに溢れたシドが舌打ちをした時、私は青年の口から何度も出ている男の名前に、はっ!とする。

頭の中に響くのは地下水路での青年の声。


『…僕はランディ。家に帰る途中で君たちが襲われている現場に出くわしたから加勢に入っただけさ』


(まさか、昨日の翠瞳の彼って…!)


「何の騒ぎだ、アルジーン」


屋敷の中から、低く威厳のある声がした。

開いた扉の向こうから現れたのは青年と同じく端正な顔立ちの男性である。


「ち、父上……!」


はっ、とした青年が、びくりと肩を震わせて、そう声を上げた。どうやらこの男性がベイリーン家の主人のようだ。

高そうなコートを羽織った男性はこちらを見て眉を寄せる。


「またランディの来客か?」


「いえ、父上が気になさるほどのことでは…!」


おずおずとそう答える青年は、父をひどく慕っているようだ。迷惑をかけまいと必死に取り繕っているように見える。

すると、父上と呼ばれた男性が静かに口を開いた。


「客人を応接室に通しなさい。ランディはじきに戻ってくるだろう」


思わぬセリフに戸惑う三人。予想とは違う形だが、屋敷の中に入ることが出来るらしい。

このまま話を合わせれば、偶然知り合いになったランディからもスティグマの情報が得られそうだ。


「おい。あのおぼっちゃま、すげー顔でこっちを睨んでるぞ」


シドが私に耳打ちした通り、アルジーンという名らしい青年は“よくも厄介ごとを持ち込んでくれたな…!”と言わんばかりの怨念のこもった瞳でこちらを見つめていたのだった。

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