ヴァンパイア夜曲
「ねぇ、ランディ。最後に一つだけ聞いてもいい?」
「ん?」
ぱちり、とこちらを見つめたランディ。
にこやかな笑みを浮かべる彼に、私はそっと尋ねた。
「アルジーンから貴方は“人間”だと聞いたけど、それは本当なの?」
ぴくりと彼の肩が揺れる。
「貴方と会った時、少し感じたの。今まで会ってきた人とは違う何かを」
軍に所属して訓練を受けてきたシドならともかく、ただの執事があそこまでスティグマに敵うはずがない。レイピアを振るってあの足場の悪い地下水路を飛び回るなんて、運動神経がいいの一言で片付けられることではないのだ。
しかも、生きていることを疑うほどの冷たい指。彼の銀髪に合う透明な白い肌は、夜行性のヴァンパイアそのもののように見えた。
しかし、彼から血の匂いはしない。
ヴァンパイアだからこそ感じられるような些細な違和感が、私の胸に引っかかったのだ。
「僕のことが気になる?」
「え…?」
「実は僕も、レイシアちゃんに聞きたいことがあったんだ」
すっ、とソファから立ち上がった彼は、まっすぐ私を見つめた。
吸い込まれるほど綺麗な翠の瞳が、わずかに揺れる。
「ーー今夜8時、またここにおいでよ。君の為に裏口の門を開けておこう。使用人達が帰った後の庭園のベンチは、密会にちょうどいいんだ」
思わぬ提案に目を見開くと、彼はニコリと笑って部屋の扉を開けた。
「さ、話はまた後で。玄関まで送るよ。…彼女一人で気がかりなら、シドも一緒に来るといい」
ランディの言葉にちらり、と隣を見上げると、何を考えているのか全く悟らせないような表情を浮かべたシドが、碧眼をわずかに細めたのだった。