初めまして、大好きな人
くるりと背中を向けて、
尚央が玄関のドアに手をかけた。
全身ずぶ濡れの尚央は一度だけ私を振り返ると、
ピースサインをしてみせた。
そして不敵に笑うとドアを開けて走り去っていった。
閉まったドアを見つめていると
施設長が私の肩に手を置いた。
「ね。信じていい人だろう。
あの人はきっと波留ちゃんにとって大切な人なんだよ」
「うん。分かるような気がする」
「さあ、夕食を作るから手伝っておくれ」
施設長はにっこり笑って私の背を押した。
毎食施設長が作っているのかと感心して、
私は施設長と一緒にキッチンへ向かった。
夕食を終えて一人部屋に戻ると、
ノートが床に転がっていた。
それをそっと拾い上げて捲ってみる。
この日記に書いてあることは全部本当のことだった。
嘘は一つも書いていない。
それが分かっただけで
今日はすごく充実した一日だったと思う。
テーブルの前に座って新しいページを開いた。
ペンを持ってしばらく考える。
そしてうんと一つ頷いてノートに書き始めた。
明日、朝九時に喫茶店「ヴァポーレ」に行くと、尚央に会える。
その時を逃してはならない。
なんのために毎日通うのか分かった気がする。
やっぱり私は、尚央に会うために
毎日同じ行動を繰り返しているんだ。
きっとそう。
だって、こんなにもドキドキして、こんなにも不安で、
そしてこんなにも嬉しいんだから。
アラームを朝の六時にセットした。
記憶の整理を行うには二時間くらいあったほうがいいよね。
それから準備して明日は遊園地だ。
楽しみでしょうがない。
何を着ていこう。
忘れないうちに決めておいたほうがいいかな。
浮かれ気分でタンスの中を覗き込む私は、
ふとある思いに駆られた。
私は尚央のことが好きなんだろうか。
根拠はどこにもない。
ただなんとなくそう思うだけ。
尚央はどうなんだろう。
前に好きだと言われたことがあるみたいだけれど、
それは私を、女として好きなのかな。
ただライクの方の好きなんじゃないのかな。
どっちなんだろう。
それを追求したら何かが変わってしまうのかな。
変わるなんて怖い。
それなら私は知らないふりをしていたい。
今のままでいい。
どうせ私は、明日になれば何も覚えていないんだから。