初めまして、大好きな人
「よし、行くぞ」
尚央が私の手を引いて歩き出す。
すぐに目的地にたどり着いたみたいだった。
そこは駐車場で、黒い軽自動車の前で止まると、
私を助手席に乗せた。
自分も運転席に乗ると、尚央は車のエンジンをかけた。
洋楽が流れてくる。
日記を見て、これが尚央の好きな曲なんだなと思う。
あっ、そういえばプレイヤーを貰ったって書いてあったけど、
持ってこなかったな。
後で聴いてみよう。
もっと尚央の好きな曲が分かるかもしれない。
「寝ててもいいけど……って、寝たらダメだな。
暇つぶしになんかするか?」
「じゃあ、尚央のことについて教えて」
「俺のこと?」
「家族構成は?」
私がそう聞くと、尚央はうーんと唸って渋った。
言いたくないのかな。
でも気になる。
私のことは教えたんだよね。
だったら尚央のことも教えてもらいたい。
「母親はいない。親父は榎本物産の社長。
一人っ子だから親父と二人」
「えっ、待って、お父さん社長なの?」
「ああ。言ってなかったっけ?」
「知らない。てことはお金持ちなの?」
私がそう言うと、尚央は大きな声で笑いだした。
日記では服を買ったり化粧させたり、
毎日二人分のお金を払ってくれたり、
大学生にしては随分羽振りがいいなとは思っていたけれど、
まさか尚央が次期社長だったなんて思わなかった。
「お金持ちって言えばそうだけど、
でもあんまりいいものじゃないぞ。
実家は使用人がいて窮屈だし、
親父には早く継げって口うるさく言われるし。
俺はまだ自由でいたいね」
そういうものなのか。
自分の家がお金持ちだったらいいことづくめじゃない。
社長にもなれるんだよ?
そういう人生を一度でいいから歩んでみたいものだ。
「じゃあ、大学のことは?どこの大学に通ってるの?」
「帝王大学の経済学部。
俺の人生は親父に決められたようなもんだね」