初めまして、大好きな人



男の人が一人、慌てた様子でそこにいた。


肩で息をして、店内をきょろきょろと見渡すと、
私と目が合った。


しばらく私を驚いた様子で見つめると、
カバンから手帳のようなものを取り出した。


それと私を交互に見て、
それからその人はにこやかに笑いかけた。


なんて屈託のない、素敵な笑顔なんだろう。


その人の服装を確認すると、
言うまでもなくダサかったので
間違いなくこの人だろう。


この人こそが、日記に出てきた榎本尚央だ。


尚央は店員さんを制して私に近づいてくると、
真向かいに立って私を見つめた。


「よう。波留」


「な、尚央、なの?」


「そうだよ。榎本尚央。
 二十三歳、大学生。分かるか?」


尚央は知っているのか。私の病気を。


「うん。なんとか」


「そうか。ごめんな。今日は大学の講義で遅くなった。
 いなくなってたらどうしょうかと思ったけど、いてよかった」


尚央は笑った。
息を整えながら喋るからちょっとしんどそう。


遅くなったからって走ってきたのかな。
私に会うために?


「今日はどこに行く?
 どっか行きたいとこ、あるか?」


「どこか……これ……」


私はポケットから鍵を取り出した。


尚央はそれを見て、
ああと言うと私の頭に手を置いた。


「じゃあDVDでも借りていくか。
 家でのんびりしよう」


「うん」


ホッとした。
どうやら尚央はいい人みたいだった。
いや、日記に書いてあることからして
優しい人なのは分かっていたけれど、
心のどこかでは違ったらどうしようとか不安だったから、
実物に触れてみて安心した。


私は七日間もこの人と一緒にいたんだな。


なんだか不思議だな。


この人が、私に欲しい言葉をくれて、
この人が私の生活を楽しいものに変えてくれたんだ。


こんな人と出会えるなんて、
私は幸せなのかもしれない。


こんな病気になって不幸だと思っていたのに。


「行こう、波留」


伝票を私から取り上げると、
尚央はレジに持って行った。


スマートに私の分のお金を払うと、
尚央は私の手を引いた。


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