恋の餌食 俺様社長に捕獲されました

船内のスタッフや招待客らしき人たちに好奇の視線を投げかけられながら、梓たちは走り続けた。友里恵もまだ追ってきている。

途中で階段を上がると、甲板に出た。停泊しているとはいえ、夜の海。四月中旬の風はまだ冷たく、スーツだけでは肌寒さを感じる。

一樹は後ろを振り返って確認しながら、甲板に出てすぐ左手にある狭いくぼみに梓とふたりで身を隠した。


「社長、いったい――」


息を弾ませながら梓が口を開いたそばから、一樹が「しっ」と唇に指を押し当てる。

あまりの近さに梓の心臓はバクバク。これほどの距離で一樹と相対するのは初めてである。

上質のブラックスーツに身を包んだ一樹は、走ってきたことすら忘れたかのように落ち着いた呼吸だ。いまだにはぁはぁしている梓とは大違い。身体能力の差を見せつけられた。

甘さを秘めた二重瞼に高い鼻筋。薄い唇は口角が自然と上がった穏やかな印象。整った顔立ちは社内ピカイチの人気を誇っている。
三十二歳という若き社長だが、年上の部下たちからの信頼も厚い。

背が高いのは梓も知っていたが、こうして並んで立つと、梓より頭ひとつ分近く差がある。おそらく百八十センチは優に超えるだろう。

< 12 / 301 >

この作品をシェア

pagetop