恋の餌食 俺様社長に捕獲されました

一樹に手を引かれ、友里恵が走っていった方へ足を向ける。

デッキは先ほどよりも風が強く、梓のストレートロングの黒髪を巻き上げていく。
繋がれていない右手で暴れる髪を必死に押さえていると、「寒いだろ」と一樹が自分のジャケットを脱ぎ、梓の肩から掛けた。


「結構です。社長がお寒いじゃないですか」


慌ててジャケットを返そうとするが、「いいから」と強く拒まれ、仕方なく借りることとなった。

一樹の付けている香水だろうか。ほのかにシトラス系の匂いがして、梓はどぎまぎさせられる。まるで一樹に抱きしめられているような気がして落ち着かない。
なにしろ相手は社長。業務以外で関わり合いにならない人なのだから。

(……あ、でも、これも業務の一環と言えばそうなのかも。恋人のふりをするというミッションみたいなもの? うん、そうよね)

そう思えば、なんとかできそうな気がした。

風が吹きすさぶ中、一樹に手を引かれてデッキを歩いていると、いよいよターゲットである友里恵の背中を発見。梓が〝あっ〟と思っているうちに、一樹が「三島」と呼び止めた。

振り返った友里恵の表情は険しく、ワンレンボブの髪が風にあおられて乱れている。腕を組んで仁王立ちしているから、まさに阿修羅のようだ。

< 20 / 301 >

この作品をシェア

pagetop