恋の餌食 俺様社長に捕獲されました

梓はデスクの後ろのキャビネットからバッグを取り出し、少し残業をするという絵梨に「お先に」と声をかけた。

一樹の婚約者の存在は、友里恵以外は知らない。しかも、それがフェイクなのはさらなるトップシークレット。
人目につくのはまずいだろうと、梓はエントランスを出た隅の方で身をひそめた。

こういうときに背が高いのは困りものだ。影が薄いと自負していたため油断していたが、行き過ぎる人がチラッと視線を投げかけていく。
こっそり身を隠している怪しさから、ストーカーかなにかと思われているかもしれない。

(社長、早く来てくれないかな……)

気は長い方だが、置かれている状況のせいでそわそわしてくる。一樹がどこからどう現れるのか見当もつかないため、エントランスの方を見たり、道路に目を凝らしたりして落ち着かない。

そうして挙動不審な様子で梓が待っていると、少し離れたところでハザードランプをつけて、車が止まった。
真っ赤なスポーツタイプの高級車。梓の記憶が正しければ、土曜日に乗せられた一樹の車だ。

でもはっきりとそうだとは言い切れず、確信をもてないまま梓が近づくと、助手席のパワーウインドウが下がった。


「梓」

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