恋の餌食 俺様社長に捕獲されました

足もとはストラップの付いたぺったんこのパンプスを合わせた。

店で仕込みのある母、陽子が家を出たのが待ち合わせ時間の十分前。一樹と鉢合わせしてしまうのではないかとジリジリしたが、なんとかそうならずに済んだ。

男の人が梓を迎えに来たことは、これまでに一度もない。そんなところに遭遇したら、陽子はそれこそ赤飯でも炊くほど喜ぶだろう。

(でも、本物じゃないものね。ぬか喜びなんてかわいそう)

なんとなく落ち着かない気持ちの梓が玄関で待っていると、スマートフォンが着信を知らせて震える。画面に〝久城一樹〟の文字が浮かんだ。

指をスライドさせて耳にあてると同時に『今着いたよ』と、一樹の声が聞こえた。


「すぐに出ます」


そう応答してから玄関を開ける。
門扉の向こうに真っ赤な高級車が見えて、わけもなく鼓動が弾んだ。

車から降り立った一樹は、ベージュのチノパンにグレーのカーディガンを羽織り、インナーに黒いシャツを覗かせたコーディネートだった。
シンプルなのにおしゃれに見えるのは、一樹の醸し出す大人の魅力のせいなのだろう。
意図せず合わせたようなベージュが、なんだか気恥ずかしい。

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