堅物社長にグイグイ迫られてます
「雛子、待って」

振り返ると俊君と目が合った。

「ごめん。謝っても許してもらえないと思う。でも俺――」

「聞きたくないっ」

私は目をギュッと閉じて首を横に何度も振った。

「聞きたくない。なにも聞きたくない」

「雛子」

そんな私の腕を俊君は掴んだまま離そうとしてくれない。

「昨日の夜のこと雛子にしっかりと話したいんだ」

「やだ。今は何も聞きたくない」

きっと私は俊君から別れを告げられる。俊君が選んだのは私じゃなくて昨夜の彼女だ。それを俊君の口から聞くのが今はまだこわい。

「聞いてよ、雛子」

私の腕を掴む俊君の手の力がどんどん強くなっていく。痛くて顔を歪めたときだった。

「もうやめておけ」

聞き慣れた低い声がすぐ近くで聞こえた。御子柴さんの手が私の腕を掴む俊君の手をそっとはがしてくれる。

「嫌がってるだろ。そのへんにしておけ」

御子柴さんは冷静な声で俊君にそう告げると、私の肩に手をまわしそのままぐいっと自分の方へと引き寄せた。そして私にしか聞こえない小さな声で「行くぞ」と声を掛けられる。

そのまま私は御子柴さんに肩を抱かれ、支えられるようにして約四年間暮らしたアパートを後にした。


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