氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
それから朧ははしゃぎまくって朔に頬ずりしたり膝に上がったり、天満たち兄姉に文を書いたりでとても楽しそうにしていた。

日頃暇な時は縁側で読書をする朔と共に氷雨は虎柄の猫又を櫛で梳いてやっている朧を可愛いなと思いながら見ていた。


「朧は可愛いだろ」


「可愛い可愛い。つーか小さい頃は息吹に似ててほんっと外見も中身も可愛かったけどちょっと見ない間に急に外見が先代に似てきて大人びてさあ、でも中身は変わってなくてその落差がすげえからなんかもう可愛いを突き抜けて超可愛………はっ」


ぱたんと本を閉じた音で我に返った氷雨が恐る恐るちらりと横目で隣を見ると――

朔はしらっとして目を細めて朧を褒めまくった氷雨を凍らせた。


「い、いや…お義兄様の妹様が可愛いって話をしただけで…」


「お前ちょっと最近腑抜けてるし体たらくなんじゃないか?いざという時俺を守れるのか?」


「いや、そりゃ最近ちゃんと身体動かしてないけど…いやちょっと待て、なんで刀抜いてんの?うわっ、ちょっと待てって!」


傍に置いていた天叢雲を目に見えぬ速さで抜いた朔に反射的に飛び退った氷雨は、前髪を何本か持っていかれてぞっとした。


「あの…お宅の妹さんを褒めただけですけど?」


「信用できない。今俺を負かさなかったら北の大討伐には連れて行かないし、新婚旅行も…、おっと」


――氷雨は本来戦闘好きで、先代の十六夜とも何度も互角に渡り合うほどの腕前だ。

朔たちが幼い頃は刀の指南役として身体を動かし続けてきたが、最近は確かに怠けていたと言われたらそうかもしれない。

だが朔は本気の殺気を氷雨に叩きつけてきていて、やや切れ長の目には青白い炎が揺れていた。

これは気を引き締めないとと覚悟した氷雨は、瞬時に右手に愛刀の雪月花を顕現させた。

青みがかって見えるほど真っ白でいて、虹色の光を発するその刀がとても侮れない力を擁していることを知っている朔は、間合いを取りながら妖艶に笑んだ。


「幻なんか見せたって俺には効かない。お前…本気でかかってこないと殺すぞ」


「誰が黙って殺されるかっつーの。主さまを鍛えたのは俺なんだぞ。弟子は一生師匠には勝てねえっつーの!」


殺気と殺気がぶつかって渦を巻いた。

そこでようやく気付いた朧がふたりの名を叫んだが――闘志に火がついた朔と氷雨は、同時に地を蹴って刃を打ち合わせた。
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