氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
赤子は頻繁に起きては泣き、乳をねだった。

慣れていない朧はその度に慌てて、杏に分けてもらった乳を人肌程度に温めては与え、翌朝には目の下に隈が出来てしまった。


「母様は大勢の兄姉たちをみんな立派に育て上げて…すごい方…」


「息吹は小さい子が好きだったからな、苦に思ったことなんて一度もないと思うぜ。よしこっち来い、少し朧を寝かせてやろうな」


ぎゃんぎゃん泣く赤子を朧から受け取った氷雨は、普段とても睡眠が浅いため、これしきでは動じない。

むしろこうして夜泣きする赤子に懐かしさを覚えてあやしてやりながら疲れた表情の朧に声をかけた。


「俺が見とくから、ちょっと寝てろよ」


「でも…」


「半妖とは言え成長が速いはずだから、夜泣きもすぐなくなると思うし、母ちゃん代わりのお前を認識するのも時間の問題だろうし」


「じゃあ…ちょっとだけ」


不思議なことに、氷雨があやすと赤子はすぐ泣き止む。

少しの嫉妬を感じつつも横になるとすぐ寝入ってしまい、氷雨はまだ泣いている赤子を遠ざけるために庭を散歩していた。


「雪男」


「お、主さま。これから晴明に真名があるのか調べてもらおうと思ってんだ」


百鬼夜行から戻って来た朔が庭に降り立つと、氷雨は元気に泣いている赤子の顔を朔に見せた。


「元気いいだろ。主さまも元気良かったけどこんな風に泣かなかったから新鮮でさ」


「俺はもう童じゃない。比べるな」


「ははっ、俺にとっちゃ同じだもんなー。でもこいつまだ首も据わってないし生後間もなくって感じだけど…主さまどう思う?」


朔が氷雨に近寄って赤子をじっと見ると、泣いていた赤子は朔の気配を感じてぴたりと泣き止んだ。


「ひと月も経ってないと思うが、何故皆殺しに遭ったのか調べる必要がある。人に仇為す妖の制裁は俺の責務だ」


「そう気負うなって。朧が起きたら一緒にあの集落に行こう。弔ってやらないとな」


頷いた朔の肩を抱いて母屋に向かった。

これは長丁場になるかもしれない――ふたりとも、そう感じながら。
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