氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
氷雨の様子が気になりながらも、こうして幽玄町以外の場所に出かける機会がほとんどないため、目移りしてきょろきょろしてしまった。

まるで大名行列のように通行人たちがついて来てしまうため大渋滞となっていたが、不思議と朔の周辺はがらがらで、やはり近づきがたい雰囲気を放っているのだなと兄を誇らしく思った。


「あ、あの…」


「…はい?」


突然背後から声をかけられて振り返った朧は、そこそこ容姿の良い若い男が頬をかきながら立っているのを見て立ち止まった。

猫又が唸って警戒したが、男は一瞬怯んだものの朧と目が合うと顔を真っ赤にして勇気を振り絞った。


「君…ここに住んでる娘じゃないよね?あの…良かったら俺が案内を…」


私には旦那様が、と言いかけると、朧と男の間に何者かが身体を入れて割り込んできた。

見上げた朧は――真っ青な髪と透き通るような白い肌の男だと分かると、帯をきゅっと握って笑った。


「お師匠様」


「悪いけどこれ、俺のだから」


どう考えても勝ち目がない――

胡乱げに殺気を滲ませると男の勇気が萎み、氷雨は朧の手を少し乱暴に掴んで速足に歩き出した。

その背中は…やはり怒っている。

焦った朧が口を開きかけると、氷雨は肩越しに振り返って口をぱくぱくさせている朧の手をぐいっと引いて隣を歩かせた。


「目を離すとこれだ。ったく…なに男に声かけられてんだよ」


「わ、私は別に何もしてません…」


「してなくてもお前は目立つっつーの。いらいらさせるなよな」


…いらいらしているのは朧のせいではなくて、自分が勝手に怒っているだけ――

氷雨もそう分かっているが、改めて朧は男たちの目を引いてしまうのだと実感して、敢えて見せつけるように朧の肩を抱き寄せた。


「お師匠様…みんな見てる…」


「見たい奴は見ればいい。なんならここでその唇奪ってやろうか?」


恥ずかしくなって俯いた朧と、悋気を見せていらいらする氷雨――

そして内心爆笑の朔。


「おい朔、にやにやするな」


「うるさいぎん。にやにやしたくもなる」


早く繁華街を抜けたくて急かす氷雨の声に押されながら、天満の元へ向かった。
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