氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
子を身籠った如月はまだ妊娠初期ということもあってか悪阻もなく、至って健康体だった。

だが異変に気付いたのは――


「熱が出た、か。俺たちは半妖だが熱を出すことなんて滅多にない」


「そうなんです。だからすぐおかしいなと思ってお祖父様に診て頂いたら…というわけです」


「熱…」


ぽつりと呟いた朧は、また無意識に腹を撫でながら視線を落とした。

熱ならもうずっとある。

それが当たり前になってしまっていて、気怠いのも毎日のことだし、ただそれは望の影響だからと言われて、晴明に煎じてもらった薬をもうずっと飲んでいるのだが――


「子を身籠ったと分かった途端、母様が泣き崩れて…あれはさすがに私もちょっと目頭が熱くなりました」


「母様はお前をずっと案じていたからな。父様はどうだった?」


「父様は微笑んで労わってくれました。今までよく耐え忍んだな、と」


その時のことを思い出したのか、如月が声を詰まらせると、泉は如月の肩を抱いてよしよしと頭を撫でた。


「これは本当に奇跡だと思ってます。僕は家系的に子が出来にくくて如月にずっと迷惑をかけてきました。だからこれからは今以上に如月を大切にします」


兄たちは微笑んだ。

破天荒で傍若無人で癇癪持ちだった妹は今やすっかり落ち着きを取り戻し、夫と手を取り合っている。

そんな姿を、末の妹にも望んでいるのだが――

朧は何故か少し固まったまま、部屋の片隅にひっそり座っていた。

氷雨も朧の異変を感じているのか、それとなく目を離さぬよう朧の近くに座っていた。


「で、例の鬼憑きの赤子はどこに?」


望は常に朧から離れることはなかった。

だが今は――


「最近ちょっと体調が悪いみたいで…」


変化が起きていた。

あちらこちらで、それは起きていた。
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