氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
元々壁際に座っていたのだが、目の前には朧が居て追い詰められた感満載の氷雨は、若干どぎまぎしながら余裕を見せようと笑ってみせた。


「なんだよ、俺を襲う気か?」


「私とその女の何が違うのかって訊いてるんです。後は?どこがいいんですか?目付きとか?髪型とか?胸とか?」


「おいやめろ、胸を持ち上げて見せるなっ」


胸を抱えるようにしてさらににじり寄ってきた朧は――記憶がないとはいえ突如積極的になるところや嫉妬しやすい点など全く変わりなく、胸元から零れ落ちそうな胸につい視線がいってしまう氷雨は、額を押さえて呻いた。


「ほとんどよく知らない男に詰め寄って誘惑まがいのことをしたの主さまに言いつけてやる。兄ちゃんたちなんて言うかな」


「兄様たちは私の味方です。私…私…」


朧の周囲に青白い炎――鬼火がいくつも出現して朧を美しく彩り、その目の中にたゆたう同じ青白い炎の色に氷雨がつい見惚れる中、膝をついて立ち上がった朧は、勇気を出して氷雨の膝に上がり込んだ。


「朧…」


「あなたのことが気になって…こんな気持ちはじめてなんです。あなたのことを知らなくても、私の中で家族以外で一番大切だと何故か思うんです。…好きな女が居たっていい。私…二番目でも…」


――氷雨は朧の唇の前で人差し指を立てて黙らせた。

…好いた女に‟二番目でもいい”なんて、言わせるわけにはいかない。

何度も忘れられては永遠に流転する定めなのかと悲嘆しそうになる中、何度も恋をしてくれる朧に、自分より先に告白されるわけにはいかない。


「二番目でいいって?お前みたいないい女が?」


「あなたに触れてはいけないと言われています。互いに傷つけあうからって。だから…魂だけでもせめて、私に少し分けて下さい。お願い…」


朧の頬に手を伸ばした。

少し首を竦めた朧の頬に、あたたかな体温が伝わった。


「え…?」


「ま、こういうこと。お前はいつだって俺の一番なんだ」


驚きに目を見張る朧をぎゅっと抱きしめて、想いを伝えた。
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