氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
無垢に見える赤子――望が原因で記憶をなくしたという事実は朧を悲しませた一方で、妖としての力を失えば、望は傍に置いておけるかもしれない、と朔に聞いて喜んでいた。


「じゃあ…私は記憶が戻るかもしれないんですね?」


「どうなるかはまだ分からないけど、泉が復旧して望を浸してみたら分かる。俺たちは泉に近付けないから、伊能がやってくれると言ってくれた」


風呂上がりの朔の髪を拭いてやっていた朧は、嬉しくなって顔を輝かせた。

氷雨は天満たちに休息を摂らせるため別室で寝た後朔を出迎えて事情を話し、酒を飲み交わしながらにやにやしている朔を軽く睨んだ。


「にやにやすんな。なんだよ」


「これでもう繰り返さなくてよくなる。だが俺から見たら記憶があってもなくても同じに見える」


「いーや、積み重ねた年月が違う」


「積み重ねるほど年月を重ねたか?朧が成長して早い段階で手を出したのはどこのどいつだ」


「すみませんでした!」


笑いながらかちんと盃を打ち合わせた氷雨は、徳利に手を伸ばそうとしていた朧を慌てて制して胃を押さえた。


「頼むから酒は飲むな。昨晩話しただろ、酒のせいでひどい目に遭ったんだからな」


「でも飲みたいっ」


朔はごちゃごちゃ言い合いを始めたふたりを酒の肴にしつつ、数日中に泉の復旧にこぎつけそうだと伊能から聞いていて、それを氷雨に伝えた。


「如月からめでたい話も聞けたし、数日中に幽玄町に戻れそうだ。早く戻らないと父様から怒られる」


「如月の話にはほんと驚きだよな。戻ったら晴明を労ってやろう」


朧はまた自然と自身の腹を撫でていた。

そして――とあることに気が付き、隣の氷雨を見上げた。


「そういえば…」


ふたりの視線を集めながら、口を開いた。
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