氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
無理矢理床に寝かしつけられた朧は、今だ状況が飲み込めずに不安がぬぐい切れず、氷雨の手を離さなかった。

もしかしたら妊娠しているかもしれない――

そう言われても…今の自分は氷雨と夫婦だったという事実を知ったばかりだし、それに…


「私、氷雨さんとその…そういうことをしてた記憶もないのに」


「そういうことって?」


「あ、赤ちゃんができるようなこと…です…」


「したけど?めっちゃしてたけど?だって新婚なんだぜ、めっちゃするに決まって…」


「きゃーきゃーっ!も、もういいですやめて下さい!」


両手で顔を覆って悶絶する朧の隣にするりと潜り込んだ氷雨自身は、妊娠はしていないと予想していた。

なにしろ朧には前科があるのだから。


「ふたりで色欲に溺れてさ、お前をどこまでも攻め立てて愛した日々を忘れるなんてほんっとひどい嫁さんだな」


「わ、私のせいじゃないもん…」


「ま、そうだな。じゃあ忘れられないようにも一回最初から教え直しますか」


氷雨が胸元から腕を抜いて鍛え抜かれた上半身を露わにすると、目が釘付けになってしまった朧は、その腕や胸に抱かれていたと思うと一気に身体が熱くなって自ら氷雨の唇を求めにいった。


「俺は迫るのが好きなんだけど、迫られるのもいいもんだな」


ついばむような氷雨の口付けは朧を恍惚とさせた。

僅かに漏れる吐息に氷雨もまた愛しい女を征服する喜びが競り上がってきたが――これから晴明の診察があるため、唇を離して朧の腰を抱いて引き寄せた。


「続きは晴明の診察が終わってから」


「今して下さい…」


「いやいやいや、ばれるし。安静にさせてないと主さまにどやされるから、ちょっと寝ろ」


…寝られるわけがない、と思ったが、氷雨の体温を感じているうちにうとうとして、そのまま寝入ってしまった。


「おやすみ、朧…」


愛しさを込めて、真名を呼んだ。
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