氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
晴明はその日朔が百鬼夜行に出た後にやって来た。

出迎えた氷雨は、呆れたように口をへの字に曲げている晴明の肩を抱いて廊下を歩いた。


「悪いな晴明、こんなとこまで呼び出して」


「全くだな、私は多忙故このような遠出は本来せぬのだが…」


愚痴を言いかけた晴明は、ある部屋の襖が開いて朧がひょこっと顔を出すと途端に笑顔になって微笑を浮かべた。


「朧、体調はどうかな?」


「はい、大丈夫です。お祖父様、お忙しいのにここまで来て頂いてありがとうございます」


「いやなに、孫娘の大事とあっては何も手につかぬ故、気にすることはないよ」


…その移り身の速さよ。

氷雨は晴明の袖を引いて無理矢理違う部屋に連れ込むと、ぴしゃりと襖を閉めて密室にしてぐっと顔を近付けた。


「怖い顔をしてなんだい?」


「朧が夫婦になる前妊娠してるかもって騒動になったろ?だからちゃんと診てくれ。俺は違うと思うけど」


「おやおや、私の腕を疑っているような言い方はよしなさい。もちろんしっかり診るとも。そなたは外で待機していなさい」


頷いた氷雨は晴明を開放して朧の部屋に向かわせた。

晴明は童子姿の式神と共に部屋の中へ入り、少し不安そうにしている朧の傍に座って頭を優しく撫でた。


「不安だと思うけれど、私に任せなさい。確と診てあげるからね」


はい、と返事をした朧に笑いかけて長い袖を捲り上げてまずは脈を見た。

朧の身体は熱く、脈拍も速い。

浴衣を脱いでもらって本格的な診察が始まった中、部屋の外では氷雨が檻に入れられた猛獣のように行ったり来たりを繰り返していた。


「ねえ、落ち着きなよ」


「落ち着いてられっか。多分違うけど…なんか変な気分だ」


声をかけた天満は、ふっと笑って居間に戻った。

彼らが幸せになりますように――

自分の分までも。
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