氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
数日後無事に氷輪の命名式を終えた氷雨は、ついに完成した家の前に朧と立っていた。

三人で住むにはあまりにも広く、実は一切資金を出していない氷雨は困り顔で背後を振り返った。


「主さま…金は出すよ。結構かかったろ?」


「大したことはない。資金も結構だ。俺からの厚意と受け取れ」


「いやでもこれ…すでに家具が搬入されてるんだけど…」


「あ、それは私が選びました。朔兄様が資金を出して下さって…」


まさに至れり尽くせり。

いくら側近の身で主の妹を娶ったとは言えど、ここまでよくされると色々な意味で戦々恐々の氷雨は、玄関の戸に手をかけることができず冷や汗をかいていた。


「なんか裏があるんじゃ…」


「裏なんかない。可愛い妹に子が産まれたんだぞ。出産祝いとして受け取れ。あとそれ以上文句を言うな。言ったら……なんでもない」


「怖い!言って!」


朔は普段素直だが、氷雨と話すとどこかつんとしてひねくれた態度になることがある。

それが甘えと知っている朧はくすくす笑って抱っこしている氷輪を背伸びして氷雨に見せた。


「輪ちゃんも早く入りたいって。氷雨さん、早く早く」


「お、おう」


急かされた氷雨が意を決して戸を開けると――想像以上の広さ。

朔の住むいわゆる本拠地の屋敷はそれこそ部屋数が分からないほど広くて廊下もどこまでも真っ直ぐ伸びているが、やはり三人で住むには…


「また文句を言いたそうな顔をしているな。広すぎると思うならもっと家族を作れ」


「お、なるほどそうか!それなら自信あるぜ」


何故か自慢げに胸を張った氷雨の背中を真っ赤な顔で思い切り叩いた朧は、さっさと中に入って振り返った。


「私が選んだ家具に文句言わないで下さいね」


「はいはい。ったく…兄妹そっくりだな…」


「何か言ったか?」


「いいえ!なんでも!」


いい主に恵まれた――

十六夜を慕い、幽玄町に押し掛けて一騎打ちした挙句得た場所は、氷雨にとってかけがえのない場所となり、氷雨をあたたかく包み込んだ。
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