氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
「あのさ!俺…先代が隠居した時点で本当は裏方に回らなきゃいけなかったんだけど…なんていうか…まだ戦いたいっていうかさ」


「戦いたい?それで?」


「だからまだ裏方は早いっていうか…」


ごにょる氷雨の目をじいっと見つめた朔は、全くこちらを見ようとしない氷雨の胸元を握って引き寄せると、ぐっと顔を近付けた。


「朧を嫁にする時いずれ裏方に回ると言う約束をしたのを覚えているか?」


「覚えてるって。裏方をやりたくないんじゃなくて、まだ早…」


氷雨がここまで頑として自らの意思を主張することは珍しい。

その時点で朔としてもその考えを認めてやらないでもなかったが――

朔は朔で、ある思いがずっとあり、これを好機と見て手を離した。


「そうか、分かった」


「ほ、本当か?」


「戦えればいいんだな?」


「へ?ああ…まあ…そうだけど」


朧も氷雨と動揺朔が何を言わんとしているのか分からずじっと見つめていると、朔はぽんと膝を叩いて朧の腕に抱かれている赤子を指した。


「お前たちはまだ子を作る気があるのか?」


「えっ?いやー…そろそろもういいかなって思ってるけど」


「うちはもう全員独り立ちした。で、その子が独り立ちするにはどの位かかる?」


氷雨と朧は顔を見合わせた。

半妖も妖も成長が速く、人よりは遥かに速く成長して親元を巣立ってゆく。

現に氷雨の元には成人した子はもう残っておらず、各地に鬼頭家を助けるため散らばっていた。


「どの位って…独り立ちしたらなんだっていうんだ?」


にこーっ。

朔が誰もが恍惚となる笑顔を見せた。

こういう時必ず何か裏があると知っている氷雨が思わず身構えると――

朔は誰もが仰天する提案を口にした。
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