氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
「お前には俺の旅に付き合ってもらう」


「…は?」


まるで何を言っているのか意味が分からず目を白黒させている氷雨につい吹き出した朔は、兼ねてよりずっと考えていた案を氷雨に提示した。


「第一、代を譲ると同時に先代は幽玄町を去って旅に出るのが通例となっている。父様と母様は例外だったが、俺は予定通り芙蓉と旅に出て新たな場所に腰を据えようと思う」


「いや…それは分かるけどさ…なんでその先代の旅に俺が同行しなきゃいけないわけ?」


「嫌なのか?」


――そう問われると、実はそうでもない。

朔は我が子のように可愛がって育ててきたため、どれだけ偉かろうと態度が尊大であろうと許せるし、我が儘を言われても苦ではない。

そんな朔から旅に同行してほしいと言われれば嫌な気分はしないものの、理由が訊きたかった。


「俺が先代の旅についてってなんだっていうんだよ」


「俺はまだやれる」


「は?あの…何が?」


「跡目は譲ったが、いつまで出張っていては可哀想だから泣く泣く代を譲ったんだ。だから、旅に出ている間、憂さ晴らしをしようと思う」


氷雨は思案した。

泣く泣く…憂さ晴らし――つまり朔は、各地で自分たちの耳に届かない程度で暴れている反乱分子に喧嘩を売ろうと言うわけだ。

それに関しては反乱分子は決して数が零にならないため、その‟遊び”が終わることはない。


「それ…面白そうだな」


「お師匠様!?」


朧が非難の声を上げたが、朔は最愛の末妹の肩を抱き寄せて艶やかな黒髪を撫でた。


「大丈夫、お前も一緒だから」


「え?」


今度は朧が目を白黒させる番だった。
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