氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
雪男が雪女以外の女と一緒に居ること自体がとても珍しい。

ましてやそれが夫婦だとなれば――それは伝説級に珍しく、固く心を誓い合った証として、尊敬の眼差しで見られることが多い。

妖は夫婦になれば死を分かつまで連れ添うが、人は心が移ろいやすく、所帯を持っても浮気をして離縁する者が圧倒的に多い。

氷雨は見た目からすぐ雪男だと分かり、朧は顔立ちからして鬼族の者だと分かるため、両者が共に歩くだけで注目の的となる。


「みんな見てますね…」


「珍しいんだろ。俺の種族は同じ種族の者以外と夫婦になることは殆どないからな。こういう風に触れてしまうと相手に怪我させたり死なせたりすることもあるからな」


往来を歩きながら朧と手を繋ぐと、また周囲から吐息が漏れた。

ふたりは本当に心が通い合っている――その証をまざまざと見せつけられて、美男美女のふたりに皆が視線を奪われていた。


「で、俺はもう限界なんでさっさと宿屋に入ります」


「あ、はい。ふふふ」


随分歳が離れていていつも余裕がある感じの氷雨がなんだか切羽詰まっている様に朧は忍び笑いを漏らして宿屋に入り、一番いい部屋を取って潮風を受けて少しべとべとした身体を風呂に入って清めた。

あまり長い時間滞在すると帰りが遅くなってしまって如月たちが心配してしまうかもしれないため、風呂を早めに切り上げて部屋に戻った朧は、冷水を浴びてさっぱりした氷雨の真っ青な髪から雫が滴り落ちているのを見て鼓動が急に高鳴った。


「お、上がったか。これ甘くて美味いから食べてみろよ」


「あ、桜桃!美味しいっ」


すぐさま飛びついて果実を口に入れると甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がって満面の笑みになった。

にこにこしている朧とこうしてゆっくり過ごすのもいいかなと思ったが、我慢は身体の毒だとも思い直した氷雨、桜桃の乗った皿を遠ざけて朧の耳たぶを優しく撫でてぞくりとさせた。


「こっからは俺が楽しむ時間な」


今度は氷雨がにこにこして、朧を押し倒した。
< 76 / 281 >

この作品をシェア

pagetop