氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
「私のためなら死んでもいいって…思ってくれますか?」


突然朧が真剣な顔をして問うてくると、氷雨は一瞬ぽかんとして頬杖を突いてさらりと垂れる朧の黒髪をひと房握った。


「なんでそんなこと訊くわけ?」


「だって…氷雨さんは朔お兄様のものでしょ?朔兄様が一番で、命を懸けて守るべき存在なんでしょ?」


何を不安に思っているのか――こんなにも愛しているのに、それでも不安にさせているのだろうか…?

――氷雨は少し考えて、とあることを打ち明けることに決めた。


「今まで敢えて言ってなかったことを言うけど…怒るなよ?」


「…怒るかもしれませんけど、怒らないように頑張ります。なんですか?」


「俺な、一度死んだんだ」


「…えっ!?」


思わずがばっと起き上がった朧は、氷雨の視線に上から下まで撫でられて慌てて両手を交差して胸を隠した。


「死んだって…どうして!?」


「まあ死んだっていうか…仮死状態になったっていうか…。俺が息吹に惚れてたことは知ってるだろ?俺はあの時…息吹のためなら死んでもいいって思って…」


…怒るに怒れなかった。

氷雨が本当に母に惚れ抜いていたことを知っていたから。

でも泣きそうになるのは隠せず、ぎゅうっと唇を噛み締めて誰もが振り返る美貌をくしゃくしゃに歪ませた。


「こら、泣くなよ。何度も言うけどもう過去のことだって言っただろ?」


「…教えて下さい。どうして仮死状態になったの?」


氷雨は当時のことをなるべく感情を入れないように注意しながら朧に話して聞かせた。

息吹のために命を投げ出したこと――溶けてしまう寸前晴明の術で救われたこと…


「ぐす…っ、氷雨さんたら…やっぱり母様のことすっごく好きだったんじゃないですか…」


「だーかーらー、過去だって言ってんだろ。ほらこっち来い、顔拭いてやるから」


力なくこてんと横たわると、手拭いで優しく涙を拭かれてついでに鼻も噛んだ。


「そんなことがあったし、命を懸けてもいいと思ったけど、今は違う。息吹や主さまは大切だけど、お前は俺にとってかけがえのない存在なんだ。そういう点で主さまを大切に思う気持ちとは全然別物なんだ」


「氷雨さん…」


「俺の命を懸けるよ。お前のためなら何度だってこの命投げ出してやる」


その愛の告白はとても優しく心に染み入って、身体中に響き渡った。

これで十分――

十分愛されていると確信して、不安に思うのはもうやめようと決めた。
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